クリスマス当日。
まだ日も登ってないくらいに朝早くに起きて、カーテンを開ける。よかった、雪は降ってない。
スマホの天気予報を見ると、6時くらいから雪マークがついていた。まずいな。イルミネーションまでなんとか天気が持ってくれたら良いけど。
すぐに着替えを済まして、わたしは事務所に向かった。
「おはようございまーす」
「おはよ」
「おっはー」
一番乗りかと思っていたのに、メンバーの何人かはもう来ていて着替えをしていた。午前中にリハがあって、昼から本番。ライブは2時間くらいで、それが終わったらみんなでおしゃべりと振り返り配信がある。
侑希の約束したのは6時なので、きっとそれまでには間に合うはずだ。
メイクを済まして、私も一曲目の衣装を着る。その後、メンバーと一緒に控え室を出てリハのステージに向かった。
リハはほとんど完璧に終わった。今日は体が軽いし、喉のコンディションもいい。トナカイの格好をしなければいけないこと以外は、何一つ問題はなかった。
新曲の歌詞を何度も頭に入れているうちに時間は過ぎていき、本番の時間になった。
真っ暗なステージで自分の持ち場に立つ。
「それじゃ本番入りまーす。3、2、1、」
スッと息を吸い込むと同時に、パッと会場全体がライトで照らされた。1番、アイドルしてるなって感じるこの瞬間が大好きだし、1番幸せに感じる。
リハ通りに進んでいき、残っている曲はあと2曲になった。
ここからは、曲と曲の間のトークの時間。今日みたいなライブ配信では、本当のライブと違ってファンの歓声が聞こえない。このトークの時間も、メンバー以外の反応がないので、ファンにウケているのか結構不安になってしまうから、私はあまり得意じゃなかった。
前にあるモニターに配信のコメントが流れていって、一応それを見れるのだが、最近はたくさんの人が見てくれるおかげで、コメントの流れが早過ぎて目が追いつかない。
「みなさん、メリークリスマース!!配信見に来てくれて、ありがとね〜」
リーダーが前に出ていって、カメラに手を振る。そうすれば、ただでさえ早かったコメントが数倍のスピードで流れ始める。投げられるスーパーチャットの量も、今までとは比にならない。リーダーはやっぱりすごい。
「どうだったかな?えーっと、[かっこいい!]ありがと![新曲くる?]んー、どうだろね笑。[リーダー、途中、ちょっとだけ歌詞間違えた?]え、バレてた?結構うまく誤魔化せたと思ったんだけどな〜笑」
どんどんとコメントを拾っていって、それを読み上げて答えていく。なんであの早さのコメントを処理し切れるのか、不思議でたまらない。
そんなリーダーに見とれていると、リーダーがこっちに歩いてきた。あ、私の番だった。
「じゃあ蒼、次の曲紹介お願い!」
「ええっと、」
目の前にあるモニターに思考を奪われてしまう。ちょっと、あれ、何言うんだっけ。セリフが出ずテンパっていると、すかさず横から来た颯太がマイクを取ってくれた。颯太は歳が一緒で、メンバーの中で1番気が合うヤツだ。いつもはふざけてるくせに、こういう時は本当に頼りになる。
「おっとー、蒼っ。次の曲のことで頭いっぱいかなー?」
「ち、ちがうよっ」
「次の曲は蒼くんが頑張ってくれちゃうんで、みんな楽しみにしといてくださーい」
流れていくコメントに必死に目を凝らす。
[なに?蒼くんなんかするの?!]
[めっちゃ楽しみーー!!!]
[蒼くん!蒼くん!]
蒼の名前で画面が埋め尽くされている。その中で一つ、見覚えのあるアイコンが目に入った。
[がんばれ、蒼]
これ、侑希じゃん。よく使ってるLINEスタンプのウサギのキャラクター。前に侑希がスマホで動画を見てる時、確かアイコンがこれだったのを思い出した。
侑希が見てくれるのは知ってたけど、こうやってコメントで侑希を見つけられたのは、なんか、すごく嬉しい。
安心したおかげか、すっかり飛んでいたセリフも頭に戻ってきて、私は颯太からマイクを取り返した。
結果、私のトナカイ衣装は大ウケだった。普段こういうことをしないから、ファンにとってはめちゃくちゃレアだったらしい。こっちとしてはもう2度とやりたくないけど。最後の新曲のお披露目も終わって、私たちはステージを後にした。
みんなで控え室へ戻っていく。途中で、颯太が声をかけてきた。
「よ、おつかれ〜蒼」
「おつかれ〜。いやー、緊張したー」
「あのトークの時、蒼が急に黙るから、俺もめっちゃ焦ったんだぞ!」
「セリフ飛んじゃったんだよ笑。いやー、まじで冷や汗かいた。颯太いなかったら死んでたよ」
「感謝しな笑」
「うん、ありがとな」
みんなで控え室に行った後、ちょっとだけ水分補給をしてスマホを開く。エゴサをして、ライブの感想を見ていく。
[トナカイと新曲の王子様衣装のギャップがエグかった]
[蒼様……推しててよかった涙]
[トナカイめっちゃ笑った]
[蒼くん、歌もダンスもうまくなってる]
リーダーの予想通り、私のトナカイは結構ウケているらしい。ここ最近は結構レッスンを頑張っていたから、評判が良くて安心した。
休憩する時間もなく、すぐに配信部屋へ移動してそのまま普通の配信が始まった。
思っている以上に配信は盛り上がって、おまけにスーパーチャットも止まる気配がない。リーダーが話をまとめて、ようやく配信が終わったのは4時過ぎだった。
すぐにスマホを取り出して、侑希に連絡する。
[6時に間に合いそう!]
[お疲れさま。良かったわ]
帰ってきたのはシンプルな文面だけど、きっと侑希はすごく喜んでるんだろう。必死になって、嬉しいの隠してるって考えると、なんか可愛いな。
メッセージを返しているところで、スマホの充電があまりないことに気がついた。そういえば、昨日の夜充電し忘れたんだった。あと数パーしかない。スタッフさんに充電器借りなきゃな。
そう思ってスマホに目を奪われたままソファーを立ち上がろうとした時、
「蒼、今日予定あんの?」
急に颯太が声をかけてきた。スマホから顔を上げればニヤニヤした彼の顔が目に入る。
「別に、ないけど」
「へー。なんかスマホ見てニヤニヤしてたから」
ニヤニヤしていたのは自分だったか。侑希と喋ってるだけでこんなに気が緩んでしまうなんて、気をつけないと。
ドスっと私の横に腰を下ろした颯太。
「蒼、今喋ってたの彼女じゃないん?」
「彼女?!んなわけないじゃん!」
「へー、なら俺の勘違いか」
颯太はスマホを見ながら、なんともないようにそう言う。
「そもそもアイドルなのに、恋愛とかないでしょ」
「えー、蒼くんは真面目ですね」
「なに?まさか颯太は彼女いるの?」
「いないけどさ、アイドルでも別に恋愛くらい自由でしょ。好きとかって、自分じゃどうしようもできなくね?」
彼氏や彼女がいるのがバレて消えていったアイドルを、颯太も私もたくさん知っている。颯太が言ってるのはバレなければいいということだろうが、今まで消えていったアイドルたちも、きっとバレるなんて思っていなかったはずだ。もしもメンバーの誰かが女性関係の不祥事を起こして仕舞えば、このグループは間違いなく終わるだろう。
「ま、俺は、アイドルしてるうちは誰かと付き合うつもりないけどな」
無言になってしまった私に気遣うように、颯太はボソッとそう言った。
「ふーん」
「てか蒼。目の下クマできてるぞ。少し寝て帰ったら?」
そういえば昨日はあまり寝られなかった。まだ結構時間もあるから、少しだけ寝るか。
「うん、ありがと。ちょっと寝る」
颯太もいるし、1時間くらいしたら起きられるだろう。ソファーの上で横になっていると、疲れが出たのか私は一瞬で眠ってしまった。
「んんっ、あれ……」
ここ、事務所?ソファーの上で寝ている体の上には、ブランケットがかけられていた。相変わらず寝起きが悪い私は、ゆっくりと体を起こし頭を働かせる。
あ、そうだ。颯太と話した後、寝てしまったんだっけ。
ソファーの上に置いてあったスマホを拾い上げると、画面が明るくなって時間が表示される。画面に出てきた18:30。
や、やばい…侑希と約束してたんだった!!!
慌てて侑希に電話をかけようとしたところで、画面が急に暗くなった。そういえば、充電してなかったんだ。今日に限って、くそっ。
私は雑にコートを羽織って、すぐに事務所の階段を降りた。待ち合わせの駅までは自転車で10分もかからないくらい。ここから全力でいけば、もしかしたらまだ侑希が待ってくれているかもしれない。
しかし、事務所の外に出た途端、私は口を開いたまま固まってしまった。外は一面、真っ白になっていたんだから。
今から事務所に戻って親に電話しても、この渋滞だと来るのは遅くなる。自転車には乗れないし、侑希に連絡も送れない。それなら……走るしかない。
思い立ったと同時に、私は全力で待ち合わせの駅に向かって走り出した。
傘をさしている人の間を縫って、どんどん進んでいく。雪がスニーカーに染み込んできて、最初は冷たかったけど、そのうち冷え過ぎて感覚がなくなった。
この辺では珍しいくらいの大雪だった。
おまけに、途中の道で積もった雪に足を取られて転けてしまったりして、いつもは走れば15分くらいの距離なのに、今日は倍ぐらいの時間がかかった。
駅に着くころにはびしょ濡れになっていた。
駅の入り口には侑希の姿は見えなくて、改札の方へ行ってみるけど、それらしい姿は見つからない。
腕時計はちょうど7時を指している。約束の時間から1時間。しかも連絡も一切送れてないし、流石に誰でも帰るだろう。
いくら雪が降ってると言っても、ここまで濡れてる姿は人目についてしまう。今日はメイクや髪を落とす時間がなかったため、星空蒼だとバレてしまうことを考えていなかった。長い時間、この格好でここにはいられないし、諦めて帰るしかないか。
ガックリと肩を落としてまた駅を出ようとした時、バサっと頭に何かを被せられた。目の前が真っ暗になり、突然のことに動揺してしまう。
「な、なに?!だれ?!」
頭に手をやって感触を確かめる。たぶん被せられたのは、私のコートについているフードだ。
もしかして、ファンにバレたか?ここで助けを呼んでしまえば、もっと大ごとになってしまう。
やばい、逃げないと。何も見えないまま、手を引っ張られてあたふたしていると、駅構内から出たあたりで、ふわっと、頭に被せられたフードが取られた。
「あなた、そんな格好で歩いてたらファンに見つかるわよ」
暗闇から解放された私の目の前には、もう帰ったはずの侑希が立っていた。