深良の事情聴取を行うのは、真昼だった。
親族への事情聴取は、やはり
「ちなみにカツ丼も食べてもいいけど、自腹だからね」
茶目っ気たっぷりに、真昼がウィンクした。
「
全力いっぱいに、真昼は首を振った。
「無理無理! 経理のおばちゃんがうるさいし、無理無理ぃ!」
無理を合計四度も言った辺りから、無理具合が伺える。
「というか、犯人じゃないのにカツ丼食べませんよ」
「あはは、だよねー」
能天気に笑う真昼は、紙コップに入ったミルクティーと、個包装のチョコレートを二粒、深良の前に置いた。
長丁場になることも多い聴取では、飲み物を支給することが決まっているらしい。
「班長が、深良ちゃんはミルクティーが好きだって言ってたから。安物のティーバッグだけど許してね」
自分の好きなものを知ってくれている、ということに、深良はほんのり頬を染める。
「ありがとうございます」
「いえいえ。で、チョコは一斑独自のサービスね」
班内でカンパし合い、チョコレートやキャンディーを常備するようにしているらしい。肉体も頭脳も精神もすり減る仕事であるため、自然と甘いものを買い置きする習慣が生まれたとのことだ。
屈強な男たちがやっている、と思うと可愛い。
見た目通り猫舌らしい真昼は、自分が手にしたコーヒーへ熱心に息を吹き込んでいた。彼の手元には、イチゴキャンディーが置かれている。
これまた可愛いチョイスだな、と思いつつ、事情聴取はつつがなく進んだ。
能天気な真昼だが、非常に聞き上手だった。
密かに身構えていた深良も、テンポ良く言葉を引き出してくれる彼につられ、肩の力を抜いていく。
また彼は、話の時系列が乱れてしまった時も、やんわりと制して綻びを見つけてくれた。そこには決して、彼の持論や推測を挟まずに。
「いやぁ、深良ちゃんって話し上手というか、説明上手だね。頭良いでしょー」
おまけに要所要所で持ち上げるので、一層口も軽くなる。
仁八を庇うふりをして携帯端末の通知履歴を押し、運良く一番上にあった典都の私用端末へ電話をかけたところで、一端聴取は途切れた。
それをパソコンへ素早く打ち込み、真昼はうん、と頷いた。
「これで大丈夫そうだね。でも本当、深良ちゃんも藤田さんの息子さんも、災難だったね」
藤田、という名前に、深良の眉がきゅっと寄せられた。
沈静化していた怒りが、また
「そうですよ。あのおじさん、一体何なんですか? 自分のせいで、息子まで危ない目に遭ってるんですよ!」
机を叩きかねない勢いを、まぁまぁ、と真昼がなだめた。そして頬杖を付き、小さくため息をつく。
「まあ、僕らも腹が立たない、と言ったら嘘になるけどね」
しかし猫特有の、ふっくりした口元が笑っているようにも見える。触りたいな、と深良はうっすら考えた。
「でも、ホテル経営してるお金持ちだし。文句言ってる割に、護花隊のスポンサー様でもあるからね。仕事を邪魔される、とかでなければ、僕らも表立って反論し辛いんだよねぇ」
「ホテルって──」
「スプリングホテル。本土でも有名でしょ?」
「ああ、あの」
高級ホテルとして、国内でも指折りのホテルだ。真倉瀬島にも、一際階層もプライドも高そうなホテルを鎮座させていた。
そりゃ仁八が、物腰穏やかなお坊ちゃんに育つわけである。その親は品性下劣なようだが。
張り詰めた仕事内容の、世知辛い裏事情に、深良は寂しい気持ちを覚えた。
「民間企業だと、色々大変なんですね……」
「警察に比べたら、まだしがらみも少ないと思うよ。あと、藤田社長がこっちをいびってる姿は、見てて少し同情もするんだ」
真昼はコーヒーへ恐々舌を伸ばし、あち、と小さくうめいた。
深良もつられ、ミルクティーを一口飲む。ほんのりと甘かった。
「同情、というのは?」
「息子の仁八くん。草人の女の子とお付き合いしてるって、僕らの間でも有名なんだよ」
知っていることが前提、という口調で話されたので、深良も驚きを押し隠して、神妙に同意を示す。
驚くと同時に、納得もした。
大学の駐車場で見せた悲しそうな顔は、おそらく、そのことが理由なのだろう、と腑に落ちたのだ。
自分が忌み嫌っている他種族と、可愛い息子がお付き合いをしている。
だからと言って、周りに悪感情をばら撒くのは最低な行為だが、憤る気持ちは分からないでもない。
「あのさ、深良ちゃん」
まだ熱いらしいコーヒーを脇に寄せ、真昼が身を乗り出した。視線をずらせば、真っ直ぐに立った尻尾も見えた。
「班長とはもちろん、二人暮らしだよね?」
質問の意図が分からなかったので、とりあえず深良は、一拍置いて頷いた。
「はい。そうです、けど」
真昼の目が、きらきら輝く。
「行きたいよー! 新居見たいよー! 家探ししたいよー! 深良ちゃんの手料理も食べたいよー!」
好奇心と本音を丸出しでせがまれ、深良はつい噴き出した。
「真昼さんって、末っ子ですか?」
「うん? うん、上にお兄ちゃんとお姉ちゃんがいるね」
「だと思いました」
黄色い目を瞬いて首をひねる彼へ、深良はクスクスと笑った。