そらそうとしていたことも忘れ、マテアはリウトの目を見返した。
どこか痛ましげなその表情に、彼は傷ついているのだと敏感に察したマテアは強張った頬に触れ、なぜと問おうとしたのだが、リウトがそれを許さなかった。
拒絶するように手を引きはがされた次の瞬間、荒々しく唇をふさがれる。
「!!」
ただマテアを傷つけたいがためだけ。口づけとは到底呼べない。
歯が当たって切れた口端から、血の味が口内に広がった。
驚きのあまり声が出せないでいるマテアを見下ろして、リウトは告げる。
「教えてやるよ。レンジュがどうしてこないと言い切れるか。やつの望みが何だったのか。知ればおまえも納得するさ」
月光を背に、リウトはまた、あの酷薄な笑みを口元にはく。
無感情な、氷のように冷たいまなざしだった。
彼が自分を傷つけようとしているのは間違いない。
たぶん何か、彼を傷つけるような言動を自分はとってしまったのだ。
身の危険を感じ、なんとかして逃げ出そうともがいたが、両腕はリウトの右腕一本でたやすく封じられてしまう。
昼間の男のように、空いたリウトの左の手のひらが服越しにマテアの体をなでまわした。昼間の男と違うのは、そうされることで彼女が感じるのは恐怖であるということを知っていて、さらにはその恐怖こそ与えるつもりでやっているということだ。
こんな……こんなのは、ただの暴力だ!
彼女の感じている恐怖をひとかけらも見逃すまいと、面を見つめながら、わざとゆっくり手を動かしている。
もはや彼をはねのける力はなかった。せめて上にのられる前だったなら何とかなったかもしれない。体に染みこむほどの死臭に、危険な者だとの認識はあったが、この異界においてはじめて出会えた月光界の者という安心感が心のどこかにあった。そこにつけこまれてしまったのだろう。彼が自分に抱いていたのはものめずらしさだけで、なんの好意も持っていないのは感じとれていたというのに。
「あっ、ああ……っ!」
追いつめられた思いでマテアは震える。涙があふれ、幾筋も目尻を伝っていった。
彼は、自分を傷つけようとしているだけだ。こんなこと、レンジュが望むわけない。
(こんなのはいや。いや!)
それ以外、何もかもかき消えた。
泣きじゃくりながら、唇はそればかりをくり返した。唯一自由になる頭を振り、やめてと何度も哀願したが、リウトに耳を貸している様子はなく、その手は容赦なく服の下に入り、素肌を下に向かって這っていく。
下腹部をなで、太腿を外向きに伝い、膝に触れた指が内股をぞろりとなであげたとき、たまらずマテアは叫んでいた。
「い、やあああつ!! 助けて、レンジュ!!」
部屋中に反響した彼女の悲鳴に応じるように、どさりと天井の穴から何か重い物が落ちた音が足元の方で起きた。
リウトは跳ね起き、ひったくるように床の剣を手にしたが、それは岩と雪の塊で、穴の周囲が欠けて崩れ落ちたらしく、月光の差しこみが広がっている。
どうせ雪の重みに耐えかねて崩れたのだろう。それだけだ。
そう結論したリウトが続きに戻ろうとした刹那。人型の影が月光をふさいだ。
『ルキシュ! そこか!!』
ずっと聞きたかった声。
広がった穴から中を覗きこんだその顔は、まぎれもなくレンジュだった。