第29話 「もしかして」②

「────人間は嘘を付くが、本は真実しか語らない。ここは素晴らしい図書館だ。早く君の真実が見つかるように願っている」


 そう言って、グラヴィスは今度こそ立ち去っていったのだった。






予想外の反応に戸惑うばかりだが、グラヴィスの攻略が失敗しているというのは思わぬ収穫だったかもしれない。


 まずは本当にハーレムルートかどうかを見極めないといけないのだけれど、ルルが転生者だった場合、確実にハーレムルートを狙っているようにも思えた。しかし、この世界はみんなが知っているような乙女ゲームではなく神様の作った世界なのだ。もしも転生者だとして、天界で作られたゲームの攻略方法をどうやって知ったのか……謎は深まるばかりである。






『僕、あいつ嫌い!』




 ルルに続きグラヴィスがいなくなり、興味本位でこちらを見ていた人間達の視線もいつの間にかなくなっていった。やっと静かになったと息をつくと、なぜかアオが口をへの字に曲げてグラヴィスが消えた方向を睨んでいたのだ。尻尾なんかはプルプルと揺れている。


「どうしたのアオ。……もしかして、図書館にペットを連れてくるなって言われたから怒ってるの?」


『違うよ!だってあいつ、フィレンツェアを変な目で見てたもん!嫌な感じじゃなかったのに、僕がなんか嫌な感じになったの!!』


「変な目?加護無しって言われるのならいつもの事だし……嫌な感じじゃないのに嫌な感じってどうゆうこと?さすがにグラヴィスは公爵家にかけられていた呪いにはかかってないと思うんだけど……それに今日はなんだか教師っぽい事を言っていたわよ?」


 私が首を傾げると、アオが『〜〜〜〜っ!わかんないけど!なんか違うの!なんかわかんないけど!!』と床に降りて器用に地団駄を踏んだ。なぜかご機嫌が悪いようだが、もしかしてグラヴィスの守護精霊の魔法のせいだろうか?さっきはアオの魔法が弾かれていたから実は相性が悪いのかもしれない。


「まぁまぁ、今回はいいじゃない。ヒロインも撃退できたんだし」


『とにかく!僕はあいつ嫌いなの!』


 ぷんすかとしながら歩くアオの姿が可愛いのだが、今それを言ったらもっとご機嫌が悪くなるだろうか?なんて考えながらなんとかアオを宥め、エメリーと合流するために歩き出そうとしたその時。アオが何かを見つけたと、ある場所を指した。



『あ!フィレンツェア、あれ見て!なんか落ちてるよ』


「あら、これは────」


 それはさっきルルが転んだ場所の近く、机の影になっている所にあったのだ。


「この古い革表紙の本……。もしかして、これ私が探していた本だわ!」


 あの時、ルルの服の隙間から落ちたのはこれだったのだとすぐに思った。しかもこの本は貴重な本なので館内で読むのはいいが外へは持ち出し禁止のはずだ。まさかルルはこれを服に隠して持ち出す気だったのだろうか。


『フィレンツェア、その本はなぁに?』


「これは、この世界で初めて精霊に守護された人間……賢者と呼ばれる人が書いた貴重な研究書なのよ。


 この図書館が“全ての知識が集う”と謳われている由縁はこの本があるからなんですって。お母様が精霊魔法の事が詳しく載ってるって言っていたわ……ちょっと変わってる本でもあるらしいんだけど」


『ふぅん?特に変な感じはしないけど……何か秘密があるのかな?』


 アオが鼻を近付けてクンクンと匂いを嗅ぐと『ちょっとカビくさいよ〜!』と顔を顰めた。


 それにしてもルルがなぜこの本を持ち出そうとしていたのかはわからないが、あのまま持っていかれていたら読めなかったかもしれない。そう思ったら、全てアオのおかげである。ついあの時のルルの慌てた顔を思い出して笑ってしまった。


「ふふっ、とっても古い本だから仕方無いわよ。そういえばさっき、ルルを転ばしたのってアオの魔法でしょ?水だけじゃなくて氷の魔法も使えたのね」


『それは……だって、あいつフィレンツェアの事をイジメようとするからムカついたんだもん!魔法は封印が解けてからいっぱい使えるようにはなってるんだけど……でも目立っちゃダメって言われてたのに、勝手に魔法を使っちゃってごめんなさい』


 心なしかしょんぼりするアオを抱き上げ、私はそのひんやりした体をそっと抱き締めた。


「大丈夫よ、私の為にありがとう。でもアオの正体がバレないように気を付けてね?」


 するとさっきまでとは一変して花が咲いたように笑顔になったアオが目を輝かせる。どうやらご機嫌は直ったようだ。


『……フィレンツェアを守るのは、僕の役目だからね!それにこれまでも色々したけどバレてないから大丈夫だよ!』


「ふふっ、頼りにしてるわ。……え、これまでも色々って────まぁ、いいか」



 少し気になる言葉はあったが、私は追求するのをやめた。アオがする事は全てフィレンツェアを守る為にしてくれていたのだし、呪いと対抗する為のような大きい魔法なんて滅多に使う事はないだろう。


「さぁ、行きましょう」


 こうして元気になったアオを肩に乗せてエメリーの待つ場所へ行くと、ようやく今日の目的である本を読む事が出来たのだった。