第22話 休日の行方①

『フィレンツェア、今日はお休みの日だって言ってたのに朝からどこに行くの?』


 私の肩にぴょんと飛び乗ると、アオは不思議そうに首を傾げた。昨夜はみんなの守護精霊達のおもてなしを受けた後、どんちゃん騒ぎをしていたはずだが心なしか鱗のツヤが良くなっている気がする。楽しかったのならなによりだ。


「あら、お休みだからよ。これから街の図書館に行って勉強するの!」


 今日は学園は休日なので、私も昨夜はお母様と今後の対策を遅くまで話し合っていた。途中からやっと目を覚ましたお父様も話し合いに加わり、事情を説明すると私を抱き締めて泣いたり怒ったりアオに驚いたり……かなりのデジャヴであった。似た者夫婦とはよく言ったものだ。


 とにかく、お父様もアオの事を受け容れてくれたし婚約破棄にも賛成してくれたのでひと安心である。それにしても、お父様があんなに感情豊かだったなんて完全に予想外だった。普段はなんと言うか、淡々と仕事をこなしていて不平不満もひと睨みで黙らせるような強面紳士なのに……実はいつもは気絶しないように頑張って耐えていたらしいのだ。しかも、まさかお父様の守護精霊があんなか……いや、ある意味とてもしっくりきたけれど。


 まぁ、そんな訳で誤解も呪いも解けたブリュード公爵家のみんなはジェスティード殿下の話を聞いて怒り心頭だと、私に協力してくれることになったである。


 お母様のアドバイスは、まずは知識を高めることだった。アオの事を隠すのなら尚更必要だと熱弁されたのだ。いついかなる時に理不尽な冤罪をふっかけられるかわからない状況で最大の武器と成り得る守護精霊の存在を隠すのだから別の武器を手に入れなければならない。と。


 これまでのフィレンツェアのイメージは、勉強はしないし守護精霊いない加護無し。そのくせ気に入らないことがあるとすぐ癇癪を起こして金と権力で相手を無理矢理押さえつけるワガママな悪役令嬢だ。「公爵令嬢だから、ジェスティード殿下の婚約者だからと、なんでも許されると勘違いしているのでは……加護無しのくせに」と、かなり周りから疎まれ嫌われている。


 しかし、もうこれまでと同様に金と権力でどうこうするつもりはないのだ。それにまずは下から数えた方が早い成績をどうにかしなければならない。基礎的な事は感覚でわかるようになったが、お母様曰くやっぱりちゃんと習わないと精霊魔法は調整が難しいらしい。


 ちなみにアオが『僕が教えてあげるのに〜』と言ってきたが、それはお母様に止められた。精霊とは感情的になると歯止めが利かなくなる。いざという時にそれを制御するにはやはり人間側の知識が必要なのだとか。


 お母様が「この世界には精霊と人間の関係を謳った伝説や歴史があるのよ。なぜ精霊が人間を守ってくれるのか……まずはそれは自分で学んできなさい。これまでと違って興味を持っているみたいだから直にわたくしが教えてあげたいけれど、やっぱり自分で調べた方が早く身につくわ。王都にある“全ての知識が集う”と言われているこの図書館なら必要な本が揃っているの。人の出入りには厳しい事で有名な図書館だけれど、ブリュード公爵家の名前を出せばすぐに入れるわ。今のフィレンツェアちゃんならこの名前で無茶な事はしないだろうし、やはり使えるものは使っておきなさい」と、ブリュード公爵家の名前を乱用しないと決めたばかりで気が引けている私にウインクしてそう言ったのを思い出しながらその図書館がある都市部へ繰り出す事にしたのだった。


 しかも、なんとその図書館は“神の知識の欠片”が秘められた本があると都市伝説的なうわさもあるのだとか。……もしかしなくても神様が何か仕掛けているのではなかろうかとちょっと心配ではあったが。








「フィレンツェアお嬢様、本日はどこへお出かけになられますか?」


 これまでの態度が嘘のように優しくなった御者が馬車に乗り込む私ににこやかに声をかけてきた。やはりこの御者も例の呪いの影響を受けていたようで、今までは私を乗せるたびに体の動きが鈍くなってしまい事故を起こさないようにするのが精一杯だったのだそうだ。それでも私の送迎をずっと続けてくれていたのかと思うと、誤解していたとはいえ私の態度は酷かったなとかなり反省した。


「王都にある1番大きな図書館に行きたいの。お願い出来る?」


「もちろんです!」


 こうして私はとても晴れやかな気持ちで馬車に乗り込んだ。そこにはいつもひとりでポツンとしていたフィレンツェアはもういない。馬車の中で私と反対側に座った侍女のエメリーは「こうしてフィレンツェアお嬢様のお出掛けに付き添うのが夢だったんです!」と笑顔を向けてくれた。


 エメリーは男爵家の出身でとても優秀な侍女だ。栗色の髪と瞳が落ち着いた雰囲気を出していて同い年のはずなのにエメリーはとても大人びて見えた。もちろん学園にも通っているがクラスが違うのとあの呪いのせいで屋敷でも学園でも私に近付けなかったのだとか。屋敷にいる侍女達のほとんどが私のお付きに立候補してくれたらしいが、同い年のエメリーの方が話しやすいのではとお母様が配慮してくれたのだ。どのみち特別な理由でもない限り学園内に侍女は付き添えない事になっているので、私の侍女が同じ学生でも問題はない。