39:サイコロステーキ量産騎士、爆誕

 亡者たちが口を開き、クライヴを貪り食わんと飛びかかり。

 ヘザーが涙目で絶叫し。

 ダニエルがのけぞって哄笑こうしょうを上げ。

 シェリーがなすすべもなく、両手で顔を覆った時だった。


 クライヴが亡者に群がられながらも、サーベルを抜き放ったのは。


 瞬間、彼を覆いつくす死霊たちの体に、光る線が無数に走った。

 思わず真顔になったヘザーとダニエルが、線の正体に内心小首をかしげている内に、死霊たちがこぞってサイコロステーキ状に切り刻まれた。


 ボトボトと、世にも汚いサイコロステーキが地面を転がる音に、シェリーも顔を上げてギョッとのけぞる。

「ひぇっ……こ、これは何ですか……?」

 その答えを、ヘザーは無論ダニエルも教えて欲しいぐらいであった。


 死霊を切り刻んだのはもちろんクライヴであり、得物えものは手にしたサーベルだったのだが。

 本来は古びてボロボロであろう、反りの入った刀身が、淡い金色の光を帯びていた。それを振るったクライヴも、予想外の出来事に目を丸くして、サーベルをしげしげと眺めている。

「切れ味がよすぎる……」

 切れ味以前の問題があるだろう、と即座に返せる余裕を持つ者は、この場にいなかった。


 ややあって、サイコロステーキ・ショックから最初に立ち直ったのは、ダニエルだった。

 豪奢な杖に両手でしがみつきながら、憎々しげに歯をむき出しにして唸る。

「貴様ぁ……まさか視えるだけでなく、破邪の力をも隠し持っていたというのか!」

 愚弟と侮っていた者に欺かれたという事実に、彼のやせ細った体はぶるぶると震えていた。


 怒り混じりのダニエルの指摘に、ヘザーもあんぐり口を開けながら気付いた。

(……そっかアイツ、たしか戦争で死にかけたって)


 ヘザーのガワ・中身が一度死んだため、悪霊や化け物に攻撃を加えられるようになったという、彼女の仮説が正しいのであれば。

 戦場という、死が付きまとう場所に身を置いていた彼もまた、同様の力を得ていて当然であろう。実際、彼は死に瀕したこともあった、と述べていたぐらいだ。


 ただクライヴの中に刷り込まれていた、「オバケは怖いし、俺は無力」という恐怖心や固定観念のため、今までその力が振るわれることはなかったようだ。


 だから自分で悪霊をダイス状にしておきながら、「俺、何かやっちゃいました?」と言わんばかりの、若干しゃくに障るとぼけ顔を晒しているのだろう。

 そんな顔も、それはそれで可愛いのだが――と考えが乙女ロードへ脱線しかけたところで、ヘザーは慌てて首を振る。


 代わりに、クライヴへ叫んだ。

 先ほどのような嘆願ではなく、彼に発破をかけるために。

「やっちまえ、クライヴ!」

「い、いや、しかし俺にも何が何だか……」

「そんなもんオレも知るか! でもいいから行け! オレが許す!」

 根が臆病な彼の、戸惑いに揺れる森色の瞳を見据えて、一つふてぶてしく笑えば。


 クライヴも覚悟を決めた。サーベルを構え直す。

「分かった。君に代わって、悪魔をブチのめそう」

 彼にしてはいささか物騒な物言いで、ダニエル目がけて駆け出した。


「くっ、来るなぁ!」

 ふんぞり返っていたダニエルが、これに慌てる。

 次々と亡者を召喚するも、輝くサーベルを振るうクライヴによって一体残らず切り伏せられ、消滅させられた。


 覚悟の決まったクライヴは、鬼神の如き強さであった。その剣さばきに、一瞬の恐怖もためらいもない。

 あるのは「悪魔をブチのめす」という意思、ただ一つ。


 がら空きになったダニエルが、往生際も悪く逃げ出そうと背を向ける。

 それにクライヴが素早く追いつき、抜き去る瞬間。

 サーベルの刃先が、無様にもがく右手にはめられた指輪を、見事に破壊した。


 紫の石が砕け散ると共に、大地を揺るがすような絶叫が、温室のガラスをガタガタと震わせた。

 しかしそれも、数秒の内に掻き消えた。

 同時にダニエルがふらりと地面に突っ伏し、そしてヘザーを羽交い絞めにする死霊たちも、溶けるように消え去る。


「終わった……のか?」

 油断なくサーベルを構え、辺りを睥睨へいげいしながら、クライヴが呟く。

 映画の中ならば、完全に敵側の復活フラグとなる台詞である。


 一度伸びをしたヘザーが、尻を上げた体勢で大地にキスするダニエルに近付き、ブーツの先でツンと蹴った。

 小さく、うめき声がする。

 次いで先ほどの要領で、足を使ってゴロンと仰向けにひっくり返す。無礼なことこの上ない対応だが、義弟のクライヴも、秘密の恋人であるシェリーも止めない。


「ヘザー、あまり近付かない方が」

 むしろヘザーの身を案じてくれる始末であった。これも日頃の人徳であろう。

「いや、たぶん大丈夫。ヤな感じもしねぇし」

 軽く首を振りつつ、それでもロザリオを握りながらダニエルの腹をベタベタ触った。以前に感じた、中にいるナニカの存在はもうなかった。


「うん、ほんとに終わったっぽいな」

「……よかった」

 腰に手を当てて深くうなずく彼女に、クライヴもほっと肩を落とした。


 覚束おぼつかない足取りで、シェリーも倒れたままのダニエルに近付くと、その隣にしゃがみこむ。

「旦那様……ご無事ですか?」

 彼女がダニエルの頬に触れると、先ほどよりもはっきりした声が返って来た。

「うぅ……シェリー、かい……?」

 薄っすら目を開けて、ぼんやりと呟かれた声は、憑き物が落ちたかのように優しいものだった。


 実際、長年の悪魔憑きから解放されているのだが。

「はい、シェリーでございます! 旦那様、よかったご無事で……!」

 はらはらと涙を流し、シェリーは彼の頭をかき抱いた。


 今ひとつ状況が飲み込めず、オタオタと困るダニエルを横目に見つつ。

 ヘザーとクライヴも改めて向き合い、お互い気の抜けた笑みを浮かべ合った。