第6話 ゾンビの異端と人間の異端

 ホシノさんの登場で場の空気が一気に針詰める

 前回の邂逅でこの人がどれだけ異常性の高い人物なのかは嫌というほど理解させられた

 それに彼女は既に銃を抜いている

「ホシノ、相変わらず暇なようですね、ここまでのゾンビの群れもあなたの仕業ですか」

「そうそう、で、楽しんでもらえた? 旅の仲間が増えて」

「……私は楽しいですよ、ソラちゃんと一緒にいて」

「それは良かった、ソラはソラで思うところがありそうでよかったよ、じゃあまぁここでウミちゃん、君を殺したら、ソラも少しはショックだったりするのか、なっ!」

 言うが早いかホシノさんは銃を構えて発砲する

パンッ! パンパンッ!!

 打ち出された三発の銃弾をソラちゃんが刀で斬り落とす

「離れて!! ホシノの狙いはあなたです! 早く!」

 ソラちゃんの焦った声に私はじりじりと後ずさる

「人の心配を、している場合かなっ!」

 ホシノさんは銃の遠距離武器という利点を捨ててソラちゃんとの間合いを詰めてグリップを思い切り振り上げた

 ジャキッと音がして短剣程度の長さの刃がグリップから飛び出すが刺さる寸前でソラちゃんが刀で受け止めた

 キインッと音をたててぶつかった刃と刃から火花が散る

 ホシノさんはもう片方の銃からも短剣を飛び出させて交わった刃の間を縫ってソラちゃんを狙う

「ソラちゃん!!」

「問題ないです」

 慌てて叫んだ私のほうをチラリと見ると少し、本当に少しだけどまるで心配するなと言うように笑ってホシノさんのほうを向き直した

 つばぜり合いになっていた刃をソラちゃんが思い切り押し飛ばして体制を崩した

 その隙を逃さずにソラちゃんは追撃で刀の柄でホシノさんを思い切り殴り飛ばした

「痛いなー、ひどいよ全く」

 瓦礫にぶつかった彼女は特にダメージを受けた様子もなく立ち上がった

「あなたはゾンビイーター、痛いわけないでしょう、毎回言っていますがあなたでは私には勝てない、そろそろ諦めたらどうですか?」

「んー、まぁそう簡単に諦められてたらこんなに躍起になってないよね」

 ソラちゃんの言葉にホシノさんは少し悲しげに眉をひそめた

 はっきり言ってホシノさんの印象はよくない

 でもその表情に、少しだけど同情的な感情を覚えてしまったことは否定出来ない

「それにね、前も言ったけど別に殺せなくてもいい、君が苦しむのならね、君さ、まだウミちゃんに言ってないことがあるでしょ」

 だがそれも一瞬のことで、彼女の言葉にまた悪意が込められたことに背筋がざわめく

「ホシノっ!!」

 慌てた様子で名前を叫ぶソラちゃんに

 彼女は

 次に一体何を言おうとしているのか

 ごくりと、喉をならした 

「ウミちゃん、彼女、ソラはね、元々はゾンビイーターだったんだよ」

「……え」

 ゾンビイーター、つまり、彼女は死なない、感染しない身体だからああして無理をしていたということなのか

「何日も一緒にいて何でわからないかなー、彼女は君の目の前で何か口にした? 疲れている様子を見せた? 眠っていた? 掴んだその腕は、死体みたいに冷たくなかった?」

「あ……」

 そうだ

 最初に触れたその時からソラちゃんの体温は低かった

 それに言われた通りその全てをしている彼女を見たことなど一度もない

 元々政府に所属しており機密を保持しているから追われている

 全て彼女がゾンビイーター、つまり彼女自身が保持されるべき機密のかたまりだったということですべてのことに合点がいく

 少し考えればわかることなのに

 何故、そこまで考えなかったのか

「ゾンビイーター、つまりは彼女も既に死んでいて、周りに転がってる気持ちの悪いゾンビ達と一緒ってこと」

 少し恐怖を孕んだ瞳でソラちゃんがこちらに視線を向けたタイミングでホシノさんが動いた

「っ……!」

 距離を詰めたホシノさんはソラちゃんの下ろされた刀を掠め取るとそのまま思い切り切り上げた

「ソラちゃん!!」

 吹き飛ぶ右手にほぼ絶叫のような声で叫ぶ

「ダメだね、話に翻弄されて隙だらけ、昔はもっと冷静に周りを見れてたはずなのにねぇ」

「五月蝿い、その刀に、触るな」

 飛んだ腕を見て嬉しそうなホシノさんを尻目に刀を触られたことに怒気を発したソラちゃんは刀を奪い返して何の躊躇いもなく勢いのままに袈裟斬りした

「おっと、嬉しすぎて油断したかも」

 ざっくりと切り裂かれたままとんとんっと後ろ飛びで距離を取った彼女をソラちゃんが追いかけることはない

「まぁ、少しは場をかき乱せたみたいだから今日は帰ろー、さすがにこの傷は基地に戻って直してもらったほうが早いし、それじゃあまた、ちょっかいかけに来るね、でもそろそろ殺すから、待っててね、あ、くれぐれも気は抜かず」

 ホシノさんはそれだけ言うとじゃあねと手を振って消えていった

「ソラちゃん!! け、怪我がっ、腕、腕どうしよう!!」

 私は慌ててソラちゃんに駆け寄るがソラちゃんはこちらを見ることなく飛んだ腕のそばまで行くと拾い上げて座り込んだ

「ソラちゃん!!」

 もう一度呼び掛けるがやはり返事は帰ってこなかった

 そのまま腕の切断面を確認すると自身の腕の切断面に押し付けて地面でずれないように固定するとポケットから簡易的な刺繍キットを取り出して迷うことなく縫い合わせ始めた

「私は、ホシノが言った通りにゾンビイーターで、ゾンビですから、身体の一部が千切れても形さえ保っていればこうして縫い合わせればほら」

 てきぱきと慣れた手つきで縫い合わせた腕を持ち上げて指をぐーぱーと動かして見せる

「これじゃあ本当に化物ですよね」

「……かった」

 私は呟きながらどしゃりと地面に膝をつく

「え?」

「よかったぁ、腕っ、もうダメなのかと、思って……」

 そして子供のようにぼろぼろと泣き出してしまった

「な、泣いてるんですか?」

「当たり前だよ! この世界では軽傷だって命取りなのに腕が取れちゃって……くっついて本当によかった」

 私が感情のままにソラちゃんに抱きつこうとすれば避けられて地面にスライングする

「ってなんで避けるの!」

 起き上がった私は地面にぶつけた鼻の頭を押さえながら抗議する

 そんな私を見ながら戸惑った様子でソラちゃんが口を開いた

「……まだ、伝えていないことがありました、ゾンビイーターも自我こそありますがオメガウイルス感染者であることに違いはありません、つまり、私からも感染する、勿論私が巻き込んだことですから責任を持ってあなたを守りますが、あまり不用意に私に近づくことは避けるべきっ……」

 私は彼女の言葉を無視して強く抱き締めた

「そんなこと、関係ないよ、私はソラちゃんがゾンビイーターだろうとゾンビだろうと接し方を変える気もないし、むしろ腕がくっついてよかったとさえ思ってるぐらいだもん」

「だからっ、近付くと危ないっ……」

 私を突き放そうと肩を押すがその力はあまりに弱くて、きっと私を傷つけないようにと加減してくれているのだろう

 そこで、気付いてしまった

 ソラちゃんの後ろから走るゾンビが迫ってきていることに

『くれぐれも気を抜かず』

 ホシノさんがそんなことを去り際に言っていたことを思い出しながら、私の行動に迷いはなかった

「ちょっ、危ないーーっ何してるんですか!!」

 抱き締めていたソラちゃんを後方に押し出して庇うように前に出た

「ぐっ……」

 とっさに防御の為に出した右腕にゾンビが噛みつき鈍い痛みが身体に走る

 瞬間一瞬躊躇した後に刀を抜いたソラちゃんがゾンビの頭を斬り飛ばす

「あなたは何をしているんですかっ! 私はゾンビだから問題ないとさっき言ったばかりで……これでは、あなたがゾンビにっ……」

 刀をしまったソラちゃんが私の腕を掴んで怒鳴る

 こんなに感情的になっているソラちゃんは初めて見た

 といっても普通の人からすれば少し怒っているように見えるとかそれぐらいなのだろうが

 なんかこう、新鮮だ

「……なんでそんなに落ち着いているんですかっ」

「あ、ごめん」

 謝りながらも取り乱すソラちゃんなんて珍しくてつい見てしまう

「ソラちゃん、よく聞いて」

 私が落ち着いているのには一応理由がある

 私が声をかければ私の顔を見てくれるがその瞳は不安げに揺れている

 だから私は、そんなソラちゃんを安心させたくて話し始めた

「私は、ゾンビに噛まれたのは実はこれで二回目なの」

 そう、昔一度私はゾンビに噛まれたことがある

 私はあの時のことはきっと、いや絶対に一生忘れないだろう

「……え」

「一度、噛まれたその時も私はゾンビになることはなくて、だから今回も大丈夫かなーと……」

「確かに……ゾンビ化の兆候もなければ適合したという様子でもない……」

 私の言葉に懐疑的に瞳を覗き込んだ後に独り言のようにソラちゃんが呟く

「ね? 大丈夫でしょーー」

「そういう問題ではありません、自分で言ったことではないですか、少しの傷でもこの世界では命取りだと、自分の身体は大切にするべきです」

「ご、ごめんなさい」

 くい気味に詰められてつい謝るとソラちゃんは少し悲しそうな表情をうかべて私の噛まれたところ腰につけたポーチから取り出した薬液をかける

「痛った……!!」

 はっきり言って噛まれたときより痛いかもしれない

「……謝る必要はありません、とりあえずこれで大丈夫でしょう」

 それから手慣れた様子で私の腕にポーチから取り出した包帯をくるくると巻いてしっかりと固定してから一度撫でるとパッと手を離した

「なんで医療品なんて持ってるの?」

「ゾンビイーターだった時の備品です、名目上は人も助けますから」

 ソラちゃんは説明しながらも地面とにらめっこで私と目を合わせようとしない

「ありがとねソラちゃん、なんか、逆にごめん……」

 そんなソラちゃんにだんだん申し訳なくなってきてしまい謝るとハッとした様子でソラちゃんは地面から顔を上げた

 それからはぁっとため息を吐いて呆れた様子で話し始めた

「……ゾンビを庇って怪我をして、怪我をする要因になった人に謝って、本当に不思議な人ですね、取り敢えずその体質に関しては誰かに口外しないようにしたほうがいいですね、あと……ありがとうございます、庇ってくれて……」

 諸々の注意をした後に少し、躊躇った後にポツリと一言お礼を言った

 そんな素直なソラちゃんが珍しくてにまにましていればソラちゃんが居心地悪そうに続ける

「増援でも呼ばれていては面倒ですから移動しましょうか、……腕も繋げたばかりです、出来るだけゾンビと索敵しないように少し道を迂回して……歩けそうですか、ウミさん」

「ソラちゃんっ……、ん、待って…… 今、私の名前呼んだ?」

 ゾンビを避けて通るという私の提案を受け入れてくれた喜びからワンクッション置いて思考がフル回転する

 私の記憶では、聞き間違いでなければ

 ソラちゃんは出会って初めて私の名前を呼んでくれた

「さぁ、どうでしょうか」

 そう言って微笑むソラちゃんは、珍しく雲の影から覗く夕陽に照らされて、丸で女神様のように綺麗だった

 すぐにソラちゃんが移動の準備の為に私から視線を外してくれたことに今回だけは感謝したい

 きっと夕陽に照らされていても、私の赤らんだ頬の色までは、隠してくれそうになかったから