私が神父様を見つめて、メトレス様のお話を聞きたい、そう考えていると再び工房の扉が開かれます。
今度はノックもなしにです。
少し時間が早いようですがメトレス様がお帰りのようです。
私ほどになれば、ドアを開ける音だけでメトレス様じゃないかどうか、簡単にわかります。
嘘です。
流石にわかりません。
ですが、恐らくはメトレス様でしょう。
そんな気がします。
私は神父様に軽くお辞儀をしてから、神父様を客室に残し、そそくさと工房の方へと向かいます。
工房の入口へと向かうと、やはりメトレス様でした。
随分と早い御帰りですね。
持っていった人形を持って帰ってきていない所を見ると、人形はシモ親方のディオプ工房の方に置いて来たようですね。
だから、帰って来るのが早かったのでしょうか?
「ただいま、プーペ。留守の間何かあったかい?」
と、笑顔で聞いてくるので、私は丁寧にお辞儀した後、首を縦に振ります。
その様子にメトレス様が不思議そうな顔をします。
なので、私は客室の方を腕で指さします。
普段お喋りのはずの私が喋らないのです。
メトレス様もすぐに察します。
「お客様でも来ているのかい?」
そう聞かれたので、私は再度頷きます。
声で返事することも出来ますが、今はこの家に神父様もおられます。
なので、声を出すことはできません。
私はきっちりと命令を守ります。
「誰だろう? 客室に通してくれたんだね、ありがとう」
私が指示した客室の方を見ながら、お礼を私に言ってくださります。
いいえ、メトレス様。私は自分の使命を全うしただけですよ。
お礼を言われるのは嬉しいですが。
ですが、メトレス様は首を捻っています。
お客様の心当たりを探しているのでしょうか。
そして、心の中だけで、神父様がいらっしゃってます、と、言葉を発します。
無論、心の中だけなので声には出しません。
一瞬、メトレス様が不安そうな顔をして、そのままメトレス様は客室に向かいます。
私も当然のようにその後に続きます。
そして、客室を覗き込んだメトレス様は驚いたように声を上げます。
「プレートル神父……」
やはりメトレス様のお知り合いの神父様でしたか。
客室にお通ししておもてなしをして正解だったようです。
私としても一安心です。
「メトレスさん、お久しぶり…… でも、ないですが。久しく会ってなかった感じではありますが」
何とも微妙な返答を神父様はします。
「いえ、挨拶にも行けず申し訳ございません」
対してメトレス様は深くお辞儀しながら謝ります。
それにしても、随分と深々、頭を下げますね。メトレス様は。
まあ、神父様相手ならそうかもしれませんね。
地位も権力も持っている事は確かです。
けれど、神父様に挨拶に行くとは、メトレス様はそんなに信仰深い方だったのですか?
それにしては、聖サクレ教会関連の物がこの家にはまるでないですが。
「良いんです。あなたも一時期は大変だったと聞いています」
むむっ、また一時期大変だった、ですか?
それはメトレス様が落ち込んでいた、と言う時期のことでしょうか?
私が目覚める前の事ですか?
それは知りたいですね。
「いえ、最近、やっと立ち直りましたよ、今日は一体どんなようで?」
最近、立ち直った、ですか。
そう言えば、シモ親方もそんなこと言ってましたね。
立ち直ったと言うのであれば、まあ、いいのですが。
メトレス様が何で落ち込んでいたのかは気になるところです。
神父様はメトレス様の質問に顔を少しだけ顰めます。
「ふむ…… お忘れですか? 来月には、もう、シャンタルの一年祭ですよ。今日はそのことでお話に来たのですが」
その言葉にメトレス様は、 目も見開き、口を開け、息を大きく吸い込んで、心底驚いた表情をします。
「え? もう…… そんな時が経ったのですが…… す、すいません。忘れたわけではないのですが……」
瞬きをするのも忘れたように、メトレス様は神父様を凝視してそう答えました。
メトレス様の表情を見て、神父様は優しく笑います。
「アナタの時は止まっていて、最近、やっと動き出したのでしょう。仕方がない事ですよ、あなたにとって、それほどシャンタルの存在が大きかったのでしょう。で、一年祭、あなたも出席しますよね?」
「もちろんです。是非にでも。いえ、なにがあっても」
間髪入れずにメトレス様は返事をします。
仕事のスケジュール帳すら開かずにです。
これは几帳面なメトレス様にしたらかなり珍しいことです。
それほど大事な事ということですよね。
「はい、わかりました。まあ、要件はそれだけです。詳細は…… 追って連絡します」
神父様はにこやかに笑い、メトレス様の反応に満足したようにうなずきます。
そこで、メトレス様が思い出したかのように聞き始めます。
「ああ、プレートル神父! プーペが…… この人形が何か失礼なことをしませんでしたか? プーペはまだ生まれたばかりで調整がまだ不安でして……」
メトレス様的には私が変なことを、というか、喋らなかったのかを確かめたいんですね!
大丈夫ですよ、御主人様。
私は、プーペはそんなへまは致しませんよ。
「そうなのですか? お茶まで淹れて頂きましたが……」
そう言って、神父様は私が淹れたお茶を見ます。
私には味見することができませんが、自信の一杯ですよ。
「あ、いや、失礼が無かったらいいんです」
メトレス様!
私は失礼などしませんよ!
何も問題はないですよ!
「いえいえ、とても丁寧に対応してくださりましたよ。淹れていただいた紅茶もとても美味しかったですよ」
ほら、神父様もそう言ってくださってます!
「ならよかったです」
「随分と長居をしてしまったので、わたしはこの辺で……」
あら、神父様、もうお帰りになるんですか。
なんだか、寂しいですね。
「いえ、プレートル神父。少し話しませんか。ボクは、その、長い間ふさぎ込んでいたので……」
そう言って、メトレス様が神父様を引き留めます。
メトレス様は神父様に、なにか話したいことがあるんでしょうか?
「ええ、そういう事なら喜んで」
神父様もそういう事ならと、椅子に座り直します。