私が紅茶を持って客間に戻ると、神父様は驚いた顔を見せました。
普通の人形でも、ある程度成長すれば、お茶くらい淹れられるはずですよね?
神父様は何をそんなに驚いているのでしょうか?
テーブルにお盆を置き、ティーカップを神父様の前に置き、紅茶を注ぎ、砕いた砂糖を乗せた小皿もお出しします。
紅茶は初めて淹れましたが、多分完璧なはずです。
自信も確証もありませんが、問題はありません。
そんな私に対し、神父様は、
「人形というのは命令もなしにお茶までいれるものなのか?」
と、不思議そうに小声でつぶやきました。
確かに、小声でしたが私の耳には聞き取れました。
もし、私に汗をかく機能があったら、冷や汗をかいていたかもしれません。
普通の人形は自らお茶を淹れないものなのですか?
私がお茶を淹れたのは普通の人形ではない、禁忌の人形だからなのですか?
勝手にお茶を淹れる禁忌の人形なのですか?
いや、それは禁忌なのですか? ただの便利な人形ではないのでしょうか?
「いや、大変良い香りだ。それに砂糖まで。ありがとう、っと、人形に言っても意味はないか、後で主人にちゃんと伝えておくよ」
ええ、ええ、伝えてください。
私の、プーペの仕事っぷりを。
存分にメトレス様にお伝えください。
多少過大評価でも構いませんので伝えてください!
ただ神父様はバツが悪そうにしていらっしゃいます。
チラチラと何度か私を見ています。
なんでしょうか?
確かに人形は上流階級に人間が持つ家具のような物ですが、神父様ともなれば、人形が珍しいというわけでもないでしょうし。
私も疑問に思って神父様をじっと見続けます。
そんな私に対して神父様は言います。
「いや、そんなに警戒して睨まないでくれ。わたしはここの主人、メトレス・アルティザンに少し話があるだけだ。こう見えて教会の、聖サクレ教会の神父だ。心配はいらない。と、人形に言っても無意味か? わたしは何を言っているんだ……」
私があんまりにも神父様を見ていたから、警戒されていると?
そう、考えていたということですか。
いえ、まあ、確かにじっくりと見ていましたが。
警戒してはないですよ。
教会の神父様とはすぐにわかりましたし。
なにか、こう…… どことなく懐かしさを感じて……
じっと見てしまっていましたが、なんでしょうか、この感覚は。
人形の私が懐かしさを?
そんなことあるんでしょうか?
やはり私が喋れる禁忌の人形だからでしょうか?
だから、普通の人形ではないことをしてしまうのでしょうか? 感じてしまうのでしょうか?
「しかし、人形という物は罪作りな物だな。この服もシャンタルの物か。シャンタルの代わりと言うわけではないだろうが…… いや、今の彼には必要な物なのかもしれないが」
シャンタル…… やっぱり人の名前ですよね? メトレス様も以前にその名をおっしゃられていました。
この服の持ち主?
彼…… メトレス様のことですよね?
私が必要とされている?
それは大変うれしいのですが、シャンタルという方の名は気になりますね。
もしかして、その方の魂を使われて私が作られたのですか?
メトレス様とその方はどんな間柄だったのでしょうか?
私はその方の代わりなのでしょうか?
私はそれでも構いません。
メトレス様の傍にいられるなら、他のことなど、本当に些細なことです。
「メトレスさんは仕事が忙しいのかい?」
神父様に聞かれ私は頷きます。
ここで声を出すようなへまを私はしませんよ。
メトレス様は私が喋ったことで一時は大慌てしていましたが、今はもう人形技師として忙しそうに仕事をなさっています。
「それは良いですね。彼もやっと立ち直れたか、一時は酷く落ち込み悩んでいたようだが。だが、やはり予定を聞いてから尋ねるべきだったかな」
普段は家にいるのですけれども。
今日はシモ親方のディオプ工房に出かけていますのですよ。
間が悪いですね。
夕方には戻ってくるようなことを言っていましたから、もうしばらく時間はかかると思います。
ああ、もどかしいですね。
喋ってお伝えできれば楽なのですが。
けれど、立ち直った、ですか。
メトレス様は以前、教会の神父様に心配されるほど落ち込んでいたのですか?
気になります。
とてもそれは気になることですね。
もっと私の知らないメトレス様のことを聞かせてはくれないでしょうか?
ねえ、神父様?
「あの…… わたし、なにか怪しいことをしたでしょうか?」
少し神父様を見過ぎましたか、神父様はそんなことを私に聞いてきます。
神父様は特に何も怪しいことはしていませんが、私はメトレス様のことを聞きたいのです。
ああ、ああ、そのことを伝えたい。
けれど、それは出来ないこと。
本当にもどかしいですね。