今日も仕事をそこそこできりあげて、シャンタルの見舞いに、彼女に会いにメイユール病院まで、彼女の病室まで行く。
それは楽しみであり、辛くもある。
彼女に会えるのは嬉しい。
心の底から嬉しいんだ。
でも、彼女の、シャンタルの現状を見るのが辛い。
彼女の右側半身はもう人の形すらしていない。
緑色に変色した結晶に完全に覆われてしまっている。
今や、その結晶の方が彼女の本体にすら思える。
彼女が、シャンタルがまだ生きている事が不思議でならないほどだ。
だけど、人の部分が残っている左半身も、どんどんやせ細って来ている。
まるで結晶化した部分に生命力を吸われるように、シャンタルは弱っていっている。
そんなシャンタルの姿を見るのが、ボクは辛い。
どうしょうもなく辛い。
こんな姿を見せられれば、否が応でも、もう助からないと、シャンタルの治療の術などないのだと、思い知らされてしまう。
それでも、彼女はボクが会いに行くと、ボクに笑いかけてくれる。
必死に笑顔を作り、笑いかけてくれる。
嬉しそうにボクの名を、掠れる声で何度も呼んでくれる。
彼女の少しくせっ毛の赤髪も、右側は結晶化してしまい、ガラスの糸のようになっている。
これではまるで人形の髪の毛のようだ。
色も同じような透明度の高い翡翠のような色に変色している。
人形に使う精製されたネールガラスによく似ている。
いや、それ以上に、何とも言えない神秘的な色合いで、とても美しい、そうボクには思えてしまう。
この結晶の元がシャンタルだと思うと、それこそ愛おしささえ感じてしまう。
シャンタルが何度もボクの名を呼ぶ。
かすれた声で、消え入りそうな声で、元気なころの面影もないような、悲壮な声で。
それに、ボクはもうどう答えて良いのか、わからない。
「ボクはここにいるよ。水でも飲むかい?」
ボクがそう聞くと、返事の代わりに彼女はボクの手を強く握り頷いた。
シャンタルはメトレスとボクの名を呼んでくれるが、医者の話では声を出すのも辛いはずとのことだ。
それでも彼女は、必死に笑顔を作りボクの名を呼んでくれるのだ。
そんな彼女は、シャンタルは、もう固形物を食べれない。
ほぼ流動食で、お粥やスープのみで食事を終わらせている。
痩せていくのも当たり前だ。
ボクは水の入った吸いのみを手に取り、シャンタルの口へ持っていく。
ゆっくりと少量ずつ水を飲ましていく。
もう十分とばかりに彼女の左手がボクのつないだままの手を握る。
ボクは吸いのみを彼女の口から外し、口元を拭いてやる。
もう、ボクには彼女になにを語り掛けていいかもわからない。
話しかけてはやりたい。
そう思いはするのだが、何かを話してやりたいのだけれども、彼女を見ていると何も言葉にならない。
絶望だけがボクに深く重くのしかかってくる。
そんな情けないボクを見かねてか、
「し…… ごと…… は どう……?」
と、シャンタルは掠れるような声で話しかけてくれた。
喋るのも辛いだろうに。
「ああ、とっても順調だよ。人形の設計に、ネールガラス繊維の成型に…… やることは山ほどある」
ボクは涙声で答える。
彼女を見ているのがつらい、見ているだけで泣きそうになる。
やはりボクはダメな男だ。
シャンタルが居なければ何もできない。
彼女を失うなど考えたくもない。
「だい…… じょう…… ぶ?」
彼女は心配そうにボクの眼を見る。
「ああ、ああ、大丈夫だとも。何も心配はしらない。ここの入院費だって十分に払えるし、そもそも教会の援助もあるんだ。キミが心配するようなことはないさ」
実際、シャンタルの入院費は目が飛び出るほど高い。
けど、そのほとんどは教会が出してくれているし、ヴィトリフィエ病の研究に協力することで、更に値引きもされている。
だから、本当に資金面では問題はない。
後は、医者がヴィトリフィエ病の治療方法を確立してくれれば何も問題はないんだ。
「ちが…… しご…… とのほう……」
彼女は資金面の心配をしていたわけではない。
そもそも、彼女の方が教会と親しいのだ。その辺のことはボクよりも詳しく聞いているのかもしれない。
彼女が心配してくれていたのは、ボクがシャンタルの為に仕事をサボっているのではないか、そう心配してくれていたのだ。
今の状態のシャンタルになにを心配されているのか、ボクはどれだけ不甲斐ないのだ。
「あ、ああ、そっちも問題ない。シモ親方からも今日も見舞に行って来いと、どやされたところだよ」
これも嘘ではない。
ああ見えて、シモ親方は人情に厚い人だ。
特に弟子には厳しいが、優しくもある。
弟子が本当に困っていたら手を差し伸べてくれる人だ。
今日はよほどボクが頬けて仕事が手についてなかったのだろう、そんなんじゃ仕事にならねぇから、見舞にでも行ってこい、と、シモ親方にどやされた。
「よかっ…… た」
そう言って、彼女は目を閉じた。
しばらくして、寝息が聞こえだす。
医者の話では、もう起きていられる時間の方が短いという話だ。
一日で五、六時間起きていられればいい方だと言う話だ。
「何も心配はいらない。キミは早く良くなることだけを考えていればいい」
ボクは眠ってしまった彼女にそう声を掛ける。
そして、しばらく彼女を見る。
まだ人の形をしている彼女の左半身と、結晶になってしまった彼女の右半身を。
ボクはどちらも愛おしくてたまらない。
人の彼女も、神秘的な結晶となってしまった部分の彼女も。