この間、一緒に車椅子で市場などを見て回ったのが、本当にシャンタルとの最後のデートになりそうだ。
彼女の症状が一気に進んだのは、そのデートからたった三日後の事だった。
シャンタルが本格的に身動きできなくなってしまった。
ベッドに寝たきりになり、彼女はもう自分では身も起こすことが出来ない。
辛うじて全身の左側はまだ無事だが、シャンタルの体、その右側はもうほとんど感覚もなく動かない。
シャンタルの右半身の至る所からガラスのような結晶が、彼女の皮膚を突き破り生えてきている。
それでも彼女はボクに笑いかける。
もう動かない右顔で、ぎこちない笑顔を左顔だけで作りながら、彼女はボクに笑いかける。
笑いかけてくれる。
笑顔を覚えていて欲しいからと、それだけの理由で彼女は必死に、ぎこちないながらも必死に笑顔を作ってくれる。
ボクはそんな彼女を見るのがとてつもなく辛い。
心が引き裂かれそうになる。
どうにかなってしまいそうになる。
いてもたってもいられない。
誰かを、神を、呪いそうになる。
頭の中で、なんでシャンタルがこんな目にあわなくちゃいけないだと、そのことだけがグルグルと巡り回る。
感情がぐちゃぐちゃで、どうしたらよいかもわからない。
そんな中、プレートル神父の助言でメイユール病院へシャンタルを入院させることなった。
それもそうだ。
あまりに彼女の姿は痛々しい。
彼女との生活が終わるのは寂しいが、ボクではどうしょうもない。
このままシャンタルと暮らしていたら、ボクも自分が正気でいられる自信もなかった。
それに加え、全身がガラス化していく病気など、どう看病して良いかもわからない。
こんな病気は他に類を見ない。
素人のボクでは、どう看病して良いのかも見当がつかない。
それに…… プレートル神父の働きかけもあり、メイユール病院で本格的にヴィトリフィエ病の研究と治療法の発見に取り掛かるとのことだ。
その被験者にシャンタルも選ばれたという事でもある。
シャンタルが治療の実験に使われるのは許せることではないが、それでもシャンタルが助かるならば、と、ボクも了承した。
望みはどんなに少なくとも、そこに少しでも希望があるのならば、ボクはそれに縋りついてしまう。
恐らく、シャンタルが助かるには、もうそれに掛けるしかない。縋るしかない。
ただの人形技師であるボクに、出来ることなど限られている。
後は神にでも祈るだけだ。
もうボクにはそれしかできることはない。
ボクは本当に無力な男だ。
右半身の至る所から、ガラスの結晶が生えて来ているシャンタルを、お手製の車椅子に乗せてメイユール病院まで送る。
三日ぶりに彼女をこの車椅子に乗せる。
三日前はそれでも楽しかったのに、今は悲壮な気持ちしかない。
メイユール病院まで結構な距離を車椅子を押して歩いたが苦ではない。
シャンタルとまたこうやって外へ一緒に出れたのだ。
苦になるわけがない。
けど、二人とも会話は何もなかった。
そのまま、彼女の病室まで送る。
その後、彼女の私物や着替えなどを、何度か往復してボクの家から彼女の病室まで運んでくる。
フェルト生地で作られた彼女のお気に入りの人形も持ってきて彼女の枕元に置いてやる。
そして、荷物が運び終わり、喋ることも辛そうなシャンタルにボクから話しかける。
シャンタルはお喋りが好きだからね。
せめてボクから話しかけてあげないと。
でも、お喋りが好きなシャンタルが、声を出すのも辛そうにしている姿に、ボクは涙を我慢することが出来ない。
自然と涙があふれ出て来る。
彼女を、シャンタルを見ているのが辛くて仕方がない。
愛おしいのに、愛おしいからこそ、見てられない。
彼女が弱り、結晶に侵されていくその体を見ていられない。
それでも、ボクはシャンタルのそばにできる限りいたいと思う。
おかしくなりそうなのを、理性で、彼女への愛で必死につなぎ止め、できる限り彼女のそばに居ることを誓う。
彼女の手を握る。
まだ人の手である左手を握る。
右手はもう完全に感触がないそうだ。
ボクが結晶だらけの手を握っていても、もう彼女は気づくこともない。
その事実に、ボクはどうしようもなく叫びそうになる。
お喋りな彼女の代わりに、あまり喋ることが得意ではないボクが彼女に話しかける。
今朝こんなことがあった、とか、朝食のこれが美味しかった、そんなとりとめのないことだ。
思いつく限りのことを言葉にする。
そして、それを彼女に必死に伝える。
シャンタルはその様子を楽しそうに聞いてくれている。
それだけが、彼女のその笑顔だけが、ボクの心をどうにか癒してくれる。
やはりボクには彼女しかいない。
シャンタルしかいないのだと再認識する。
なのに、シャンタルの姿を見ると、もう助からないのだと実感せざる得ない。
ボクはもう訳が分からない。
彼女をどうすればいいのか。
どうしたら助けてやれるのか。
ボクは、なにもわからないでいる。
ただ、彼女と別れ、自宅に帰った時、ボクは寂しさと共に、少しホッとしてしまった。
あの痛々しくも、日々結晶へと、美しく変貌していく彼女に目を奪われずに済むと。