第12章 オフコラボの打ち合わせってアリですか?②

「そういえば、調理器具はおおよそスタジオに揃っていると思うのだけれど……材料って何があった方がいいかしら?」

「あー……割とそのご家庭によるやつだな」

「今回は高山さんに教えてもらうのだから、高山家流でいいわよ?」

「ははは、それが今の母さんと俺全然作り方が違うんだな」


 そうからからと笑いながら、俺は俺流のオムライスの材料を列挙しだす。


「まず、卵は3個。玉ねぎ半分に、肉は楽したいからひき肉を使おう、ケチャップに塩コショウ……あとはマヨネーズに牛乳にバターぐらいだな?」

「……?え、マヨネーズに牛乳にバター?」


 俺の言葉をメモっていた降夜さんの動きが止まる。


「オムライスに……?マヨネーズ……?それはこう、上にかけるのかしら……?」


 降夜さんがボールペンをマヨネーズに見立てて、ぐるりとマヨネーズをかけるように動かす。


「いやいや、マヨネーズは……原理はよく分からんが、卵をふわふわにしてくれるんだ。だから、卵液……卵に混ぜて焼く」

「……想像がつかないわ。でも、そうね、先生が言うのだものね」


 そう降夜さんが口角を上げながら俺を見る。俺はと言えば、先生、降夜さんのその言葉にちょっぴりどきっとして。


「普通に照れるな?……先生、先生なー、やべえ、普通に照れてきた」


 俺は手にかいた汗をおしぼりで拭きながら、にやける口元を隠すように口を覆う。


「ま、まあ?材料はあとでチャットで送るわ、どれぐらい必要かもそのとき書いておくから———」

「分かったわ。材料はちょっと多めに用意しておくわね……その、私が失敗しないとも限らないから……」

「まあ、さっきも言ったけど、失敗も撮れ高、楽しんでいこうぜ?」

「……ええ、あ、そう。当日までに私のアドレスで構わないから、秋城さんのLive2Dモデル送っておいてくれるかしら?私経由で、@ふぉーむの事務所に送っておくわ」

「お、了解。んじゃあ、帰ったら送るわ」




 そうこう打ち合わせを終えた俺と降夜さんは日が落ちて若干暑さの薄れた駅までの帰り道を歩く。


「あー、そういえば、今日は花火大会か……」


 浴衣姿の人たちは俺達とすれ違い、逆方向へ。そんな姿を何組か見送って気づくのだった。


「あら……だからこんなに人が多かったのね」

「だな。降夜さんどっち方面だ?電車大丈夫そうか?」

「今確認するわ、ちょっと端っこ寄っていいかしら?」


 そう降夜さんが道の端による、俺もそれに習い道の端によって気づく。———カップルの多さに。他の人たちから見れば俺たちもそう見えているのかもしれないが……如何せん、実情が実情だけに居心地の悪さを感じてしまう。


「わ……どの方向も混んでいるわね……。多分、花火大会が終わる前に帰りたい人と花火大会のためにこっちに来ている人で激混みよ」

「マジか……うわ、マジだ」


 降夜さんの言葉を聞いて俺も自身の端末で帰りの電車の混雑情報を確かめれば、赤——激混みを示している。


「仕方ないわね、今日は覚悟を持って帰りましょう……」

「俺は大丈夫だが……降夜さんしんどくね?」

「……しんどいわよ……」


 腹の奥から絞り出すような声に本当に混雑した電車に乗りたくないのだ、ということを知る。かといって、今から入れるようなカフェなんてものは花火大会に来ている人間たちに埋め尽くされているためなくて。俺は、よし、と意気込む。


「降夜さん」

「なにかしら?」

「満員電車で降夜さんに何かあって、コラボができなくなると俺が嫌だし、きっと盾ぐらいにはなれるので……その……最寄り駅まで送っていいです、か……?」


 キモいか?これは流石にキモいか?彼氏でも何でもない男に最寄り駅を知られるのは死活問題とか何かのネット記事で見た気がする。だが、言ってしまったものは取り消せなくて、やべえ、俺、迂闊なこと言ったかもしれない。段々と、足元から冷えていく感覚に襲われる……失言だったか?そんなことを思いながら、降夜さんを見れば———。


「……いいの?私の最寄り雪溶崎なのだけれど……遠くないかしら?」


 わずかに瞳を見開き、でも、頬を緩めながらおずおずと聞いてくる降夜さんの姿を見て、とりあえず、地雷を踏んだわけではないことを知る。


「……大丈夫。今の俺にとってみれば、降夜さんが安全に帰れるのが一番大事だからな」


 その言葉を降夜さんは噛みしめるように心の底からの笑みを見せるのだった。


「……じゃあ、頼もうかしら?あ、でも、改札までで大丈夫よ。お金がかかってしまうわ」

「気遣い助かる。いやまあ、別に此処から雪溶崎ぐらいまでなら払えなくないんだが……まあ、じゃあ、最寄りの改札まで送らせてくれ」

「ええ」


 俺は足取り軽く進む降夜さんの後ろ姿を追いながら、むずむずとする足元を誤魔化すように強く足を踏み込むのだった。




 あれから降夜さんを雪溶崎まで送り、帰りの電車。どうやらあの電車の混み方はあの一帯でのみだったらしく、雪溶崎から雪鷹の台までの電車はガラガラであった。

 俺は一番端の椅子に腰かけながら、端末でゆったーをチェックする。秋城のアカウントで今日の打ち合わせについて軽く触れて、それを下書きに保存する。ゆったーで呟くのは身バレ防止の観点からもう少し後にしなければならない。

 ふぁ、と欠伸を零せば、端末がぶぶっ、と揺れた。何の通知かと思い画面を見れば、そこにはつい20分前ぐらいに別れた降夜さんで。


『今日はお疲れ様、送ってもらったのも、盾になってもらったのも助かったわ……その、ごめんなさい』 


 こういうところに出るよね、律儀さって。俺が勝手に送って、俺が勝手に電車内で盾になっただけなのだから気にしなくていいのに。そのことを送ろうとして、降夜さんがまだ書き込みをしているマークが出る、なんだろう?


『来年は、花火を見るコラボなんかもいいわね』


 そんな何気ない、いつかの今度の話。メッセージを打ち込もうとした手が止まる。いかんせん、女の子と話す人生経験なんてなくて、こういう時にどう返したらいいか分からなくなる。だけど、降夜さんからのお誘い、ひいてはうぃんたそからのお誘いそんなのが嬉しくない訳がなくて———。


『その時までに秋城を3D化して甚平姿を用意しなきゃだな、あ、うぃんたその浴衣キボンヌ』


 若干の気恥ずかしさを隠すような文章、ま、まあ、いつもの俺って大体こんな感じの筈。そうして、降夜さんからの返事は即レスで届いた。


『約束よ?』


 浮かぶのはうぃんたそではなく降夜さんの顔。今日の降夜さんはメイクのおかげかきらきらしていて、まるでエフェクトがかかった様だった。現実も可愛いとか、うぃんたそ凄いなー、なんて考えながら俺はぽちぽちと端末で返信を返す。


『おう、絶対な!』




『おう、絶対な!』


 高山さんからの返事に頬を緩めながらベッドの上で足をバタつかせる。


「来年の話なんて馴れ馴れしかったかしら……」


 人懐っこいうぃんならいざ知らず、鈴羽からこういう話を振るのはいまだに緊張してしまう。……それでも、理屈では分からないけれど、感情的に先の、先の……未来の約束をしたくて。

 ……VTuberというものは案外あっさり消えていく、企業に所属しているVなら契約とかあって多少は続けたりもするが———個人勢はもっと儚い。飽きたから、思ったより人気が出なかったから、思ったより楽しくなかったから、向いてなかったから……そんな理由で消えていってしまう。でも、高山さん、いえ、秋城さんにはそうやって消えていってほしくなくて。


「私の憧れの星」


 私の憧れ、私が見た一番最初のVTuber、誰よりもキラキラとして、流星のように消えていった。そんな存在がもう一度私の目の前に現れたのだ。そんな存在を繋ぎとめたくて。


「……ふふ、推し活って楽しいわ」


 一人でベッドの上で笑っていれば、LEINでメッセージが届く。メッセージの主は母親だ。


『帰ってきたならお風呂入りなさいー、まだ追い炊きしなくても入れるわ』


 そんなお風呂への催促。その催促に『はーい』なんて返しながら、ベッドから反動をつけて起き上がる。


「……次のオフコラボ、いいところ見せられるかしら」


 次のオフコラボに思いを馳せながら、私は脱衣所に向かうのだった。