第31話 特別ムービー

 中々に見応えのある武器コーナーを一度見終えて。そのまま、展示コーナー最後の部屋へとたどり着く。


 これまでの部屋にはそれぞれ忍者の衣装、装備等がこれほどかと言わん数展示されていた。


 そしてこの、最後の部屋では……


「? スクリーンと、椅子?」


 てっきり同じように何か、展示が行われているものだとばかり思っていたのだが。


 中を覗くと、あるのはスクリーンーーーーというか学校で見たことのあるプロジェクターを投影させる白い大きな布と、そこに映される映像を見るための椅子。


 すでに十数人の人がそこにはおり、どうやら今か今かと映像が始まるのを待っているようだった。


「映画でも流すのか?」


「そう。正確には映画じゃないけど、ここでしか見られない特別ムービーを上映してる。ちなみにあと二分でスタート」


「へえ、そんなんやってんのか。流石気合い入ってるなぁ」


 なんでも三葉曰く、その特別ムービーとやらはこの忍者ミュージアムを創設するにあたって実際に映画俳優を使って撮影されたものなんだとか。


 そしてなんと上映時間は一時間。映画として見れば短いかもしれないが、市か個人で出資して作るムービーとしてはむしろ長すぎるくらいだ。


「ま、見ないわけにはいかないよな」


「ん。埋まっちゃう前に早く座ろ」


「あいあい」


 余っている席はおよそ二十席。


 最前列やど真ん中は既に取られていたものの、少し後ろの方の端っこにちょうど周りに人もいない見やすそうな席があったので、俺たちはそこに着席。


 途端、部屋が暗くなると、録画録音を禁止する旨のアナウンスが流れると共に、入り口や窓等、光の侵入口が閉ざされていく。


「なんかここまで映画館みたいだと、ポップコーン欲しくなるよな」


「大丈夫。きっとそんなこと考えてられなくなるくらい、没入感の凄い映像が見られるから」


「お、おぉ。めちゃくちゃ事前期待値上げてくるなぁ」


「ふふっ、当然。ここの公式ホームページで予告編の映像だけ見たけど、そこらへんの邦画よりよっぽどクオリティは高かった」


「……ごくっ」


 自信満々で言う三葉の言葉に、思わず喉が鳴る。


 三葉はかなり映像作品を見ている。映画やアニメ、果てには時代劇まで。忍者の出てくる作品はもうほとんど網羅しているだろう。


 そしてそんな三葉にここまで言わせるのだ。期待するなという方が無理な話。こと忍者作品において三葉の眼への信頼度は、そこらへんの有名レビュアーよりもずっと高いのだから。


『ご来場のみなさん、本日はお越しいただき、誠にありがとうございます。それではこれより当忍者ミュージアム独自上映、『世を忍ぶ者』を投影させていただきます。上映にさしあたりましてーーーー』


 そして、部屋が暗闇に包まれるとともに。その場にいたスタッフの人が機械を操作すると、事前に録音されていたのであろう上映アナウンスが流れていく。


 独自上映、というだけあり、どうやら撮影•録画などは一切禁止しているらしい。そういえば三葉もホームページのPV以外からの情報は一切仕入れられていないようだったしな。そこら辺は徹底しているのだろう。


「スマホの電源オフよし。前の人の頭が邪魔にならない画角の調整よし。愛しの彼氏さん……よし」


「なんだその謎の三重句」


「大事なこと。特に一番最後は、私にとって必要不可欠な存在だから」


「……左様で」


 一体どんな顔で言っているのだろう。一つの光も無い今の状況では、三葉の表情がこれっぽっちも読み取れない。


 ただ感じられるのは重ねられた手の温かさと、その存在感による居心地の良さ。


 ……なるほど。確かにこれは俺にとっても、必要なものかもしれない。


「あ、今しゅー君、表情が和らいだ。私と手を繋ぎながら見れるの、そんなに嬉しいんだ」


「う、嘘つけ。俺の表情なんか見えてないだろ」


「見える。暗視を身につけるための修行もしっかりしてあるから」


「怖っ!? こっちからは顔の輪郭も見えないってのに……」


「ふふっ、やっぱり身につけておいて正解だった。おかげで今のしゅー君の可愛い動揺顔も、ちゃんと見られた」


「……やめてくれ。マジで恥ずかしいから」


 クソッ、暗視なんて完全に想定外だった。


 というかどうやってるんだよマジで。願わくば嘘であってくれ……。


 そんなことはないのだろうと内心では分かっていつつも密かに願っていると、やがて日本語のアナウンスが全て終わって。おそらく同じ内容な英語のアナウンスが続けて流れると、真っ白だった布に光が灯り、キービジュアルが映し出される。


 まるで本当に映画館にいるみたいだ。当然椅子に背もたれは無いし、座り心地も特別良いわけではないけれど。


 その不足分を全て、三葉が補ってくれている。


 こうやって手を繋いでスクリーンを眺めているだけで、気分はもう立派な高級シートだ。


 映画を見るための最適な環境も、心持ちも。全てが整った。


 あとはもう……純粋に楽しむだけだ。





『定刻となりました。それでは改めまして、上映を開始致します。ごゆっくりお楽しみください』