3-04 コインはいずこ

 私は小走りで夏美さんのパドックに引き返すと、用事を済ませ戻ってくる。

 不思議そうな顔をしてる二人に、夏美さんとの短いやりとりが表示されてるメッセ画面を見せた。


「夏美さんとメッセのアドレス交換してきた! 友達になっちゃった方が、連絡も情報収集もしやすいでしょ?」

「藍海さん……すごいです! その手がありましたね!」

「素晴らしい発想……さすが現役女子高生!」

「これくらい当たり前だから。褒められると逆に恥ずいから」


 片やスマホも持ってない、箱入り令嬢みひろ。

 片や友人を作る暇もなく、常にお嬢様の傍でお守りする専属近侍伊織さん。

 なんつーか、うん。

 コイン回収をこの二人に任せっぱなしじゃ、ダメな気がしてきた。


* * *


 自宅に戻るとみひろはキッチンに直行し、冷凍庫の扉を開け何やらごそごそしてる。またか。


「藍海さんも食べます? ラクトアイス」

「私はいらない」

「伊織は抹茶アイスがお好みですよね? はい、どうぞ」

「ありがとうございます」


 みひろは最近、コンビニアイスにご執心だ。

 アイスといえば陶器かガラスの器に入ってるものしか知らなかったみひろは、蓋に付いたアイスを舐めとる私を見て、眉間に皺寄せ苦言を呈してきた。

 これも経験と一口食べさせると感動するほど気に入ったらしく、ほどなく蓋ペロデビューも果たし、今では伊織さんにたしなめられている。


「ああ……どうしてこの、薄い木のスプーンで食べるアイスは、こんなにも美味しいのでしょう」


 にへら顔でアイス付属の木べらを咥える主人の前で、伊織さんはアイスに手を付ける事なく、今回の報告書をタブレットにまとめている。


「ええと……夏美さんの身体にコインが見つからなかったため、元々持ってないか他の場所に保管してるかのどちらかだと思われる……。こんな感じの文面でよろしいでしょうか?」

「うーん、どうでしょう。例えば、座ってる彼女のお尻は確認できませんでしたし、レーシングブーツは分厚すぎて透視できませんでした。断言はできない感じですね」


 伊織さんの質問に、木べらを振って答えるみひろ。

 確かに。テスト走行直後という事もあって夏美さんはレーシングスーツのみならず、レーシングブーツも履いたままだった。

 みひろから見えない位置にコインを隠すなら、プロテクターでガチガチなブーツの中くらいしかないと思うけど……私だったらそんな臭そうなトコに隠したコイン、身体に貼り付けたくない。

 てことは、もしかして。


「夏美さん、私たちと話してる時、お尻や脛にコインを貼り付けたままだったかもしれない?」

「その可能性は大いにあります。でも、私もコレクタだから分かるのですが……コインをずーっと身体に貼り付けたままでいると、かなり疲れます。視力だけじゃなく他の五感も、相当敏感になっちゃてますので」

「そうなの?」

「はい。普段は気にならない匂いや物音、身体に当たる風さえも、無視できないノイズになってしまう事があります」


 だからみひろも、風の強いパドック外の路上でコインを外してたのね。

 黒眼帯と一緒に取れば、他人にコインを見られる事もないし。


「お尻なら空気抵抗も関係ないし、ポケットが付いてる可能性も……ある?」

「ないと思います」


 タップタイピングの手はそのままに、伊織さんがはっきり否定した。


「バイク用レーシングスーツはプロテクター入りの革つなぎになっていて、サイズが小さすぎると体重移動しにくいですし、大きすぎても空気抵抗でスピードが落ちてしまいます。そのためプロライダーはわざわざメーカーに出向き、オーダーメイドのレーシングスーツを作ってるはずです。私物を持ち込んだら即失格のオートレースに、わざわざ後付けでポケットを造るというのも……それだけで不正が疑われるレベルで、不自然です」


 淀みなく語る伊織さんに、ずっと聞きたかった質問を投げてみる。


「もしかして伊織さんって、バイクのレースよく見てるの?」

「え? あ、はい。私は戦車からヘリまで、乗り物ならなんでも操縦できるよう訓練を受けてきましたが、一番好きな乗り物はバイクなんです」

「へぇ~、カッコいい!」


 夏美さんに熱っぽく語ってたのは、そういう理由があったわけね。


「伊織から見て、夏美さんのライダーとしての実力はどうですか?」


 みひろの質問に、伊織さんはタイプの手を止め宙を見つめる。


「大分ロードレースでは、夏美さんは別格のライダーのように見えました。スタート直後、何台ものマシンが同じように車体を倒し順々にカーブを曲がる中、彼女のマシンだけ周囲と比べ明らかに速く、ごぼう抜きしてました。一周終わった時点で全員抜き去って、そのままトップを譲る事なくコースレコードで優勝。完璧なレース展開でしたね」

「その前のレースは、どうだったの?」

「それが不思議な事に、録画を見る限り別人のようで……才能の片鱗も見えない、平々凡々とした走りでした」


 という事は……私の頭に、ぴんっとライトが点灯する。