外の空気は涼しくて締まる。黒田を連れ出した悠は広いクリスマスツリー前の広場に彼を座らせた。近くには飲み物を売っている小さな売店があって、そこで温かい紅茶を二人分買って一つを黒田に手渡した。
「大丈夫ですか?」
「あぁ……」
「……苦手、だったんですね」
「……すまない」
「俺の方こそすみません。特に確認しなくて」
項垂れる黒田を心配して、悠は表情を落とす。すると大きな手が伸びてきて、クシャリと髪を撫でた。
「言わなかったんだから、いいんだ」
「あの、絶叫はもう……」
「気を遣われるのは気に入らん。それに、今乗ったのが一番苦手だ。ライド系やコースターは平気だから、この後は気にするな」
そう言ってくれる黒田の優しさが嬉しい。そしてひっそりと、間に怖くないのを挟もうと誓った。
温かな紅茶で温まった。飲み終えて、さてどうしようかと思っていると黒田が手を引いてくれる。そうして無言のまま、少し上の方を差した。
そこには沢山の建物の上を走るクラシカルな電車がある。目を輝かせる悠に、黒田が笑った。
「アレに乗って移動しよう。確か、次ぎに乗りたいと言っていた海底探検の場所の近くで止まるはずだ」
「怖くないですか?」
「子供でも乗れるものだ。それに途中のショップ、寄ろう」
そう言うと、黒田は悠の耳に触れる。それで始めて冷えていたんだと感じた。耳に温かな手が気持ちいい。
「帽子を買おう。このままじゃ耳が真っ赤で痛々しいぞ」
「黒田さんも被るなら」
「……帽子ならまだ、許せるか」
恥ずかしそうにしながらも合わせてくれる。本当に嫌そうな顔はしていないから、悠も安心して「はい」と言えた。
店のある通りはまるで、西部劇の中みたいだった。店構えが木造で、看板や装飾がそんな感じだ。比較的大きいという角の店は本当に大きくて、ぬいぐるみや文房具、お菓子などのお土産の他に、帽子なども置いていた。
「悠、これはどうだ?」
そう言って黒田が選んだのは、白いすっぽりと被るフードタイプの帽子だった。ポンポンの付いた紐がついていて、結ぶタイプらしい。可愛らしい猫耳がついているが、派手さはない。
「いいですよ。それじゃ、黒田さんのは俺が選びます」
「……お手柔らかに頼む。後、その……出来れば今だけ名前にならないか? その呼び方だと遊んでる感じがしない」
「え? えっと……」
黒田の名前が一瞬思い出せない。そもそも聞いただろうか? 悩みに悩み、記憶を巡り、ようやく悠は名前を思い出した。
「えっと……雅臣、さん?」
「……おう」
少し恥ずかしそうにする黒田に、悠まで恥ずかしくなって顔を染めた。
その後、黒田にあからさまなキャラ物をつけさせるのは忍びなく、かといってニット帽もなんだかしっくりこなくて、最終的にダルメシアン柄のもこもこキャスケット(犬耳付き)にした。黒田もこれが一番まともと思ったらしい。
が、何故かすれ違う人達が一様に黒田を振り返り、某海賊漫画のキャラ名を呟く。マジマジと見上げると確かに少し似ていて、悠はひっそりと笑うのだった。
程なく電車乗り場に到着して、二人で隣り合って電車に乗った。作り込まれた綺麗な町並みを眼下に、その先には本物の海も見える。なんだかクラシカルな車も走っているが、どうやら乗れるらしい。時間があったら乗りたいものだ。
そうして到着したのは海辺の駅。降りた正面にはなんだかピカピカ光った乗り物が水の上を滑るように走っている。小さな子供もはしゃいでいるから、きっと怖くないのだろう。なんとなく、コーヒーカップっぽい?
「後で乗るか?」
「平気ですか?」
「小さな子供が乗れるようなのは平気だ。だが、まずは海底探検だな。そろそろ時間だぞ」
促され、黒田について目的地へ。一番高い火山のような場所の近くにあるそうだ。
「黒田……じゃなくて、雅臣さん、詳しいんですね」
悠は一応紙のマップも持った。だが黒田はまったく何も見ずに歩いていく。手をひっそりと繋いで引かれながら、悠はちょっとドキドキだ。
「小野田が好きで、毎年あいつの誕生日前後に付き合うんだ。あいつと、うちの若い奴二人くらい連れてな。毎年引っ張り回されてりゃ、詳しくもなる」
「小野田さんって、何だかんだで大胆ですよね」
「要領がいいぞ、あいつは。世渡り上手とも言う」
「俺、小野田さんけっこう好きですよ。気軽な近所のお兄さんっぽくて」
「ほぉ?」
ほんの少し、黒田の目が細くなる。ちょっと不機嫌?
「小野田のほうがいいか?」
「え? いえ、雅臣さんの事も、その…………好き、ですよ」
前はもっと無邪気に好きと言えた気がする。でも今は少し、勇気が必要だった。
ちょっと、顔が熱い。それに気づかれたく無くて、悠は誤魔化して目的地を見つけて黒田の手を引いた。
「あそこですよね? 行きましょう!」
「あっ、おい!」
今はまだこれの答えを求めていない。気づかないふりを、もう少ししていたい。誤魔化して、悠は目的地へと向かった。
優先チケットを取っていても少し並ぶ。水辺が近くて少し寒いが、螺旋階段を難なく降りきって建物の中まで行ければそうでもない。
「次ぎ、これはどうですか?」
恐る恐る黒田にアプリを見せる。どうやらここの直ぐ近くらしく、待ち時間も許容範囲だ。ただこれも、どうやら絶叫系らしい。
だが、黒田は案外すんなりと頷いてくれた。
「あぁ、いいぞ」
「大丈夫ですか?」
「前に乗った時は平気だった。人気なのに珍しく待ちが少ないな。ラッキーだ」
そう言って、さっさとチケットを取っている。悠も同じくチケットを取っている間に、ゴンドラ型の乗り物の目の前まできていた。
六人乗りらしいそれに他の客も一緒に乗っていざ海底へ! 綺麗な魚から不思議な深海魚、海底の更に先へと誘われる感じはちょっとドキドキする。何より揺れ方が上手いのだ。
「楽しかった! 綺麗でしたね」
ゴンドラを下りて伸びをして、悠は微笑む。暗いところにいたから、少し外の光が眩しい。見れば出口の先は水路になっていて、ちょうどボートが通っている。
「アレにも乗れるんですね」
「後で乗るか?」
「はい」
水辺から見る町並みも綺麗そうだった。
まだ時間があるからと、先ほど見たティーカップのような乗り物に乗りに行く。そうしていざ乗ったら……意外と急発進、急加速だった。いや、面白かったけれど見た目ほど穏やかな乗り物ではなかったから、ちょっと驚いた。
そうして戻って少し休むと、優先チケットの時間になる。どうやら地底探検らしい。海底に地底、探検はとても楽しいものだ。
列はドンドン下へ。徐々に暗く鉱山の中のような雰囲気になっていく。そこにパイプが走っていたりで、発掘っぽさがやっぱりある。
トロッコ型のコースターに乗って、いざ出発! のんびりと地底探検をしている。そしてどうやらこのアトラクションには原作がある事を知った。「地底探検」という本があるらしく、映画化もされているとか。ちなみに海底探検は「海底二万里」という小説が原作になっている。
「今度見るか?」という黒田のお誘いに、悠は素直に頷いた。
そうしている間に何やら様子が変わり、トロッコはもの凄い勢いで上昇を始める。驚いている間にポーン! と、まるで一瞬空に投げ出された様な感覚になった。足下が少し浮いて、内臓が持ち上がる。その感じはやっぱり気持ちが良くて、笑いながら叫ぶのが好きだ。
無事にトロッコを降りても、黒田はさっきのように青い顔はしていない。どうやら自己申告は正しかったらしい。
「少し早いが、昼にしよう。さっき電車を降りた所の下にレストランがある。そこを取ってあるから」
「はい、有難うございます」
こうしてひとまず、午前の部はお終いとなった。