見つけた、かき氷の屋台の前で宣利さんは足を止めた。
「どれがいい?」
「イチゴ」
「イチゴとブルーハワイ、ください」
今度は私が財布を出すより先に宣利さんが払ってくれたが、懸念したとおり一万円札だった。
そもそも、彼が現金で買い物をしているところを私は今まで見たことがないので、一万円札でも持っているだけ奇跡なのかもしれない。
かき氷を受け取り、立ち並ぶ屋台から少し離れて食べる。
冷たい氷が熱を持つ身体によく染みた。
「けっこう美味しいな」
気に入ったみたいで、にこにこ笑いながら宣利さんはかき氷を食べている。
それはいいがさっきから、彼に向かう視線が鬱陶しい。
そりゃ、こんな高身長でイケメンの男が立っていたら、目を引くのはわかりますよ?
でも、彼は私の旦那様だっていうの。
「ん?」
少しでも彼は私のものだと示そうと、ぴったりと身体を寄せる。
そんな私を宣利さんは怪訝そうに見下ろした。
「ああ」
しかし少し周囲を見渡し、何事かに気づいたらしい。
「花琳」
「はい?」
呼ばれて顔を上げたら、唇が重なった。
「……は?」
瞬間、身体が硬直し、手の中のかき氷が落ちていく。
周囲から、小さく悲鳴の声がいくつも聞こえた。
「あーあ。
汚れちゃったね」
何事もなかったかのように宣利さんはしゃがんで私の足下を拭いているが、さっき私は人前でキスするなと言いましたよね?
言った端からこれですか。
「たーかーとーしーさーんー」
怒りでわなわなと身体が震える。
「だから!
人前でキスするなと先ほど!」
「んー
だって花琳がヤキモチ妬いているみたいだから、僕は花琳のものだってアピールしておいたほうがいいかな、って」
なんでもない顔をして言いながら、彼は私の汚れてしまったワンピースを拭いている。
「で、でも……!」
私の気持ちを見透かされ、ますます顔が熱を持つ。
「これ、落ちないね。
どこかで代わりを買おう」
諦めたのか、ようやく宣利さんが立ち上がる。
「あのさ。
さっきからヤキモチ妬いてる花琳も、恥ずかしくて怒ってる花琳も可愛くて、滅茶苦茶キスしたいんだけど」
そっと耳打ちされ、顔どころか全身が燃えるように熱くなった。
「ここでしていい?」
私の目をレンズ越しに見つめ、その気なのか彼が顎を持ち上げてくる。
妖艶に光る目が私を見ていて、頭の中ではまとまらない考えがぐるぐると回った。
「よ、よくない!」
いっぱいいっぱいになった私は、反射的に宣利さんを突き飛ばしていた。
「残念」
全然そんな様子などなく、彼が歩くように促してくる。
本当にこの人はたちが悪い。
顔がいいとちょっとしたことでもいろいろヤバいんだと自覚してほしい。
そろそろ行こうと車に戻り、宣利さんが次に向かったのは櫻坂にあるブティックだった。
「えっと……」
真剣に私の服を選んでいる彼を困惑気味に見る。
「服。
汚れちゃったから代わりを買わないとだろ」
なんとなくお店の壁向こうへ視線を送っていた。
ここから私たちが住んでいる住宅街は目と鼻の先だ。
「一旦、戻って着替えればいいのでは……?」
「却下だ」
振り向きもせずそう言われたらなにも返せなくなる。
「僕のせいで花琳の服を汚してしまったからな。
お詫びに買うのは当たり前だろ?」
「え、いいですよ、そんな!」
服の裾をちらっと見る。
今日はブルーストライプのシャツワンピに白のスキニーパンツをあわせていて、どちらもかき氷が跳ねたピンクのシミができていた。
でも、洗えば取れるんじゃないかな……?
それに、こんな高級なお店じゃなくても。
櫻坂に並んでいるのは、いわゆるセレブ御用達の高級なお店だ。
私もたまに買い物には出るがほとんど街の中にあるショッピングモールで、ここには来ない。
「よくない」
すぐにまた、私の主張は却下された。
「そうしないと僕の気が済まないんだ。
買わせてくれ」
振り向いた彼がじっと私を見つめる。
よくわからないがこれが、彼としては折り合いをつけるところなのだ。
なら、私も折り合いをつけるしかない。
「わかりました」
「ありがとう」
頷いた彼はまた、私の服を選びだした。
「これはどうだ?」
少しして宣利さんが差し出してきたのは爽やかな水色が夏によくあう、胸下切り替えになっているレースのワンピースだった。
「……とりあえず着てみますね」
曖昧な笑顔で受け取り、試着室へ入る。
大量にプレゼントしてくれた服といい、とにかく彼は私に甘い服を着せたがる。
「……で。
これが似合って好みにあっちゃうんだよね」
以前の私なら絶対に選ばなかったラインだが、着てみると案外似合って気に入っていた。
服にあわせて最近、メイクや髪型を変えたのもあるかもしれない。
ただ、プライス非表示なのが大変怖いが……そこは気にしない方向で。
そうでないとここではやっていけないのだ。
「どう、ですか……?」
そろりと反応をうかがうように試着室を出る。
「……可愛い」
ぼそりと呟き、宣利さんは眼鏡から下を手で覆って目を逸らした。
「よし、それを買おう。
次はこれだ」
「はい……?」
戸惑いつつ差し出された服を受け取る。
着替えの服は一枚でいいんじゃないんですかね……?
などという私の疑問をよそに結局、服を五セットほどとそれにあわせて靴やバッグまでお買い上げになった。
準備をするあいだ、応接ソファーに座って待たせてもらう。
支払いはカードどころかサインだけで済んだ。
もしかしてこれが噂でしか知らない、売り掛けというものなんだろうか。
お金持ちの世界は知らないことが多すぎる。
「すまない、疲れただろ」
車に戻ってきて、宣利さんが詫びてくれる。
「いえ……」
とか言いつつ、うとうとしてしまう。
さっきも座って準備が済むのを待ちながら、彼に寄りかかってうたた寝をしていたくらいだ。
「もう少しだけ辛抱してくれ。
そうしたらあとはしばらく、寝ていていいから」
「……はい」
返事をしながらも頭ががっくんがっくん揺れる。
いつもならそろそろお昼寝タイムだから仕方ない。