「その。
我が社は私の祖父である
場所はホテルのレストランの個室、食事をしながら話そうとのことだが、実質お見合いだ。
向こうのほうが立場が上なのに、なぜが父親が申し訳なさそうに説明してくれる。
「祖父はその、自分は成り上がり者で、いくら会社が立派になったところで一流にはなれないと卑屈になっておりまして。
一族に上流階級の血を入れねば、と」
父親は完全に恥じ入っているが、その気持ちはわかる。
私だって、あれ? 今って昭和も戦前だったっけ? とか思ったもん。
「それで相手を探しまして、そちらの花琳さんに白羽の矢が立った次第です」
状況は理解したが、まだ謎が残る。
「あのー」
おそるおそる手を上げたら、視線が集中した。
一瞬怯んだが、かまわずに続ける。
「だったら元華族の方とか、財閥でも
うちは十五財閥に名を連ねていたが、それでもかろうじてだと聞いていた。
しかも、もう影も形もない。
上級階級の血を入れたいのなら、四大財閥で戦後解体されたとはいえ、今でも権勢を誇っている家のほうがいいんじゃないだろうか。
「そのー」
なにやら先ほどよりもさらに言いにくそうに父親が口を濁す。
なかなか言わない彼に痺れを切らしたのか、宣利さんが口を開いた。
「私から説明します。
そういう卑屈な曾祖父ですので、上流階級の血を入れたいと言いながら、相手にしてもらえると思ってないんですよ」
父親とは違い、宣利さんははっきりとものを言う。
「それで失礼ながら、もう落ちぶれているそちらの家なら金の力でなんとでもできると思ったのです」
その理由は非常に腹立たしく、カチンときた。
父の会社のためなら結婚してもいいと思っていたが、こんな考えの家に嫁いだって先が思いやられる。
「私自身はこんな老人の妄執による戯言に付き合う必要はないと思っています」
きっぱりと宣利さんが言い切り、ついその顔を見ていた。
賛成だからこそ、ここの場にいるのだと思っていた。
「しかし今、我が社が、当家があるのは曾祖父のおかげです。
感謝も込めてあと僅かな命の曾祖父の、最後の願いを叶え、気持ちよくあの世に旅立ってもらいたい。
そのために失礼を承知でお願いに上がりました」
真っ直ぐに彼が私たちを見る。
レンズの向こうの瞳はどこまでも真剣だった。
「無理を承知でお願いいたします。
どうか私と、結婚してください」
綺麗な角度で宣利さんがお辞儀をする。
それを半ば気圧され気味に見ていた。
理由はいまどきそんな人間がいるんだと驚くものだったし、下に見られているのも腹が立った。
けれど少なくとも宣利さんはバカらしいと思っているようだし、曾祖父を思う気持ちは理解はできる。
だったら。
「結婚したら父の会社を救ってくださると約束してくれますか」
「はい。
十分な融資をおこなわせていただきますし、事業縮小で出る解雇者はできうる限り我が社で引き受けます。
これは口約束ではなく、のちほど正式に書面にいたします」
真面目に宣利さんが頷き、同意だと父親も頷く。
懸念材料がないとはいえないが、それでもこれで一番の心配事は解決しそうだ。
「わかりました。
この結婚、お受けいたします」
倉森家の面々に向かって頭を下げる。
こうして、私たちの結婚が決まった。
帰りの車の中で父に感謝された。
「お前にはすまないことをしたと思っている。
でも、これで従業員が救われる。
ありがとう」
「やだな、お父さん。
これって玉の輿だし、それに宣利さんかなりのイケメンだったから返ってラッキーだよ」
湿っぽくなりそうな空気を笑って吹き飛ばす。
無意識だろうが今日もこのあいだも父は〝会社が〟ではなく〝従業員が〟と言った。
会社ではなく働く人ファーストな父が誇らしい。
だからこそ、この結婚を決めたのだ。
こうして私は二十五になってすぐ、結婚を決めた。