第15話

 私は迷っていた。


 このまま透に抱かれたいという思いと、また流されてしまっていいのかという思い。


 このまま抱かれてしまったなら、私はきっと、透に溺れてしまうだろう。




 私の迷いを拒否と受け止めたのだろうか、透は体を起こし立ち上がろうとした。


 この時の透はとても優しい眼をしていた。


 無理やりではなく、私の意志を尊重してくれるやさしい人。




 私は思わず彼のシャツの裾を掴む。


 待って、行かないで。




 透の表情が変わった。


 ほんのりと顔が赤くなり、瞳に熱が帯び、真っすぐに私を見つめ、そのまま押し倒された。


 少しだけ驚いたけれど、嫌な感じは微塵もない。


 それどころか、こんな私を欲しいと思ってくれているなんてと、自然に体温が上昇する。




 さっきまでの迷いはすっかり消えていた。


 生まれ変わった私は、透を愛すると決めた。


 まだ秀平さんと正式に別れてはいないけれど、いずれは透と一緒になる。だからこれは不貞ではないのだ。


 そんな都合の良い解釈をするほど、私の心は透に対する熱い想いで溢れていた。そして、心だけではなく体もしっかり反応する。




 あの、初めての夜を思い出す。


 それまで経験はなかったけれど痛みは最小限であったし、最終的にはとても気持ち良くしてくれたのだから、透のベッドテクニックは上級のレベルなのではないか――比べる人がいないからわからないけれど――


 それに透は、華奢な秀平さんとは対照的に筋肉質でがっちりしていて頼りがいのある体格で、それは私の好みなのだ。


 今からどんなことが行われるのかを想像するだけで、お腹の奥の方から何かが溢れるのを感じていた。






 透の顔が間近にあり、見つめられたまま数秒。


 何か言って欲しいような、何も言わなくても分かり合えているような、不思議な感覚。


 ふと視線が動いて、透の指先が私の頬に触れた。


「あっ」


 キスされると思い私が発した言葉が、自分が思っていたよりも艶っぽくて恥ずかしくなる。


 目を閉じた私に、チュッと音をさせて透の唇が触れたのは、右のほっぺで。


 チュッチュと位置をずらしながら近づいて口角に触れる。


 そうしたら今度は左の頬にキスをする。


 なによ、もう~焦らしているの?


 目を開けたら、優しい笑みで見つめ返してくる。


 私は我慢できずに、自分から口付けをする。


 少し乾燥気味の透の唇が潤うまで食む。


 すると透が舌を差し入れてくる。今度は、遠慮とは無縁な激しさで口内を貪る。


「はっ……んん」


 息継ぎのタイミングを見失い苦しくなり、一旦離れる。


 けれどまた欲しくなり、唇を合わせる。


 私の顔が赤いのは苦しくて酸素不足のためだけじゃないのだろう。


 今度は私も受け入れ、舌を絡め合わせる。


 なんでこんなに気持ち良いのだろう、もっともっとと欲が深くなる。


「っ……透……」


 透が首すじを舐め、と同時に手は胸へと移動する。


 最初は遠慮がちに優しく触り、徐々に下から揉み上げる。


「どう、嫌じゃない?」


 耳元で囁かれたので、私は頷く。


「そう、じゃこれは?」


 服の上からでも存在を主張している突起を軽く摘まむ。


「あ……いぃ」


 ピリッと刺激が走る。


「気持ちいいんだ」


 スリスリとさすり続けながら「感度いいんだね」と耳元で喋りつつ耳も舐めてくる。


「んぁ、そんな……透だから」


「嬉しいことを言ってくれるね」


 透の左手は脇腹を伝って、服の裾から入り込み、素肌に触れる。


 私はまた期待に胸を膨らませる。今以上に気持ち良いのは間違いないわよね。




「……綺麗だ」


 いつの間にか脱がされて、あらわになった私の上半身を見つめられている。


 恥ずかしさと嬉しさがないまぜになって、顔がほてる。


 隠そうとしてクロスさせていた腕はあっけなくシーツに縫い付けられる。


 私は抵抗をやめ、力を抜く。


「柔らかい……」


 両手で乳房を揉み上げながら顔を谷間に埋めスンスンと匂いを嗅ぐ。少し変態チックな透も愛おしいと思ってしまう。


「可愛い……ピンクなんだね」


 透の視線の先は、私の乳首で……そんなに見ないで欲しいのに。


 確かに色はピンクである。前回の透とのセックスが初めてなのだから、経験人数の多い女の子と比べたら、澄んだ色なのかもしれない。透が気に入ってくれたなら良いな……そんなことを考えていたら、パクっと口に含まれた。


「ひゃっ」


 軽く吸われ、舌でベロベロと舐められ、突然の刺激に一瞬気が遠くなる。


「これが好きなんだね」


 私の喘ぎ声で確信した透に、じっくりと攻められ感じまくっていた。




 やっぱり思った通りだった。透のテクニックにより私は感じさせられ幸せを感じている。


 私も透に感じてもらいたい、そう思うのは当然のことだよね。


「透も脱いで」


 私がそう言うと、一瞬驚いて、そして嬉しそうな顔をする。


 透は自分で脱ぎ、その後私のパンツに手をかけた。


「あっ」


「今さら嫌なんて言わないよね?」


「あ……うん、でも」


「あぁ、恥ずかしいね。こんな状態になってるから」


 脱がせた下着に目をやると、しっかりと感じている証拠が見て取れて。


「もう、意地悪言わないで」


 そんなやり取りも、距離が縮まったような気がして嬉しいし。


「透も、こんなに?」


「そりゃあね」


 透の股間はしっかりと存在を主張していた。


「香澄が魅力的だから……」


 そんな言葉で私を喜ばせてくれるから。


「触ってもいい?」


「いいよ」


 それは熱を帯びていて温かい、握ると弾力があってしっかり上を向いている。


「うっ」


 切なそうな透の声がもっと聞きたくて、そのまま動かしてみる。


「あぁ……」


 目を閉じて、快感に耐えているような表情もレアで。かわいいとすら思えてしまう。




「香澄、交代だ」


 私の手を止めた透は、再び私を攻めはじめる。


 口付けながら、私の全身をまさぐる。


 臀部、太もも、内股、下腹部。


 丁寧というか、粘っこいというか、透ってそんな性格だっけ?




 いつの間にか両足の間に体を入れ膝を立てられていた。


「やっぱり綺麗だ」


 私の最も大事な場所もしっかりと見つめられ、顔から火が出そうなほどだ。


 恥ずかしくて足を閉じようとするが、その前に透が頭を埋める。


「あっ、ちょっ……ぃやっ」


 いきなり、そんな……と思うけれど。透の長い舌が私の蜜を掬う刺激は、そんな恥ずかしさなんて消えてしまうほどで。


「嫌? ならやめるけど」


 一旦口を離して透が聞く。


「やめないで、きもちいいから」


 それはもう正直に言うしかなかった。




「そうだよ、香澄。ここには二人しかいないのだから恥ずかしがらずに大いに楽しもう」






「あっ、透の……いぃ……おおきぃ」


「やっ、だめ……いっ、くぅ」


 前回の透よりもさらに激しくて、それがとても気持ちよくて、私は身も心も透に差し出す覚悟をしたのだけど……










※※※




 再び香澄を抱いた。望みが叶い抱くことが出来た。


 一度だけでもいいからと思って抱いた後には、さらにもう一度と願ってしまう、人間の愚かさよ。


 今回も、彼女があまりに魅力的で自制出来ずに俺の欲望のまま激しく抱いてしまったが、彼女も満足してくれたと思う。


 ただそれも、木暮に嫉妬をさせるという目的なのだから、俺の気持ちは切ない。


 だけど、それは俺が望んだことだから仕方のないこと。


 本気で俺を愛してくれて、抱き合える日が来ることはないのだろうか?






 そういえば、香澄がくれたUSBメモリー、俺にとっては必要ないと思った木暮の会社の資料。


 これを使って俺が儲けることはない、そんな貴重な代物ではないけれど。


 これを使って木暮を困らせることは出来そうだと思った。


 そう思ったのは、香澄が二人に嵌められたという話を悔しそうにしていたからだった。


 木暮に少しでも復讐してやろうと思い立ったのだ。


 俺の人脈を使って、木暮のプロジェクトが滞るように仕向けた。


 これでしばらくは、木暮は損失を出し続けるだろう。


 補填するために奔走しているという噂は、俺の耳にまで入ってきている。




 いい気味だ!








※※※




 一方、木暮秀平はというと。




「はぁ、疲れた」


 最近急に仕事が損失を出し始めており、その補填のためにあちこち駆けずり回り、今日はようやく家へ帰ってきた。たしか三日ぶりだ。


 先日、情報漏洩がどうのと言ってはいたが、もしそうなら破産に追い込まれるほどの損失になるだろうし、現在はそれほどではないからその影響ではないとの判断だった。


 それよりも、木暮には気になる事があった。


 それは、香澄と松平との関係だ。


 香澄については愛情はないが、裏切られるのは腹立たしい。


 もしもあの噂が本当なら……




 確かめる術はあるだろうか、秀平は疲れた体で思考を巡らせていた。






To be continued