第30話 本当の家族は……

「ありがとう……」


そう呟くと、瑛斗先輩はただでさえ良い姿勢をさらに正し、膝の上で自身の手を重ねた。


そして、改めて俺のことを真っ直ぐ見つめてきた。


「私の母は……。いや、本当の家族は……みんな亡くなっているんだ……」


「えっ……」


(本当の家族は亡くなっている……?)


突然言われたことの意味が分からず、俺の頭は困惑し、瑛斗先輩の言っていることが信じられないかのように、目をじっと無意識に見つめてしまう。


(えっ……でも、理事長は……? それに、お兄さんとお姉さんがいるって、噂で聞いたような……)


俺が聞いた噂では、立派なお兄さんとお姉さんがいるため、父である理事長は瑛斗先輩のことを放任しているという話だった。


なので俺は、瑛斗先輩のことを心のどこかで、ただのお気楽な御曹司だと思い込んでいた。


そのため、急にそんな話をされても、瑛斗先輩が嘘を言うはずがないと頭で分かっていながら、どこか信じきれない自分がいた。


「いきなりそんなことを言われてもって、感じだな。当たり前だ……。少し長くなるが、このまま私の話を聞いてくれるか?」


俺は必死に、瑛斗先輩に向かって何度も頷いてみせた。


「父……理事長が学生時代、イギリスに留学した際に、同じ学生であったイギリス人の母と出会ったらしい。そして、結婚して日本で過ごしていたらしいが、母は私を授かったばかりの時に、家を出たらしい」


「授かったばかりって……」


「私がお腹にいたことも気付かず、突然喧嘩して国に帰ってしまったらしい。母は……とてもせっかちな性格だったからな」


昔を思い出して懐かしむように、瑛人先輩は少しだけ笑みを浮かべた。


「だから父は……私の存在を、生まれてだいぶ経ってから知ったらしい」


「そう……だったんですね……」


俺は静かに相槌を打った。


「私は生まれてから、幼少期をイギリスの祖父母の家で過ごしていたんだ。田舎で、のどかな暮らしだった。母は看護師で都会の病院で働いていたから、長い休みの時にしか会うことはなかった」


「長い休みの時って……。子供の時にですよね……? 瑛斗先輩は、淋しくなかったんですか……?」


俺の質問に、瑛斗先輩はゆっくりと首を縦に振った。


「祖父母とは毎日一緒過ごしていたし、母はほとんどいないものとして最初から育ったせいか、淋しいと感じたことはなかった。だが、夜中に突然目を覚まして、ベットの上で一人なんだと思った時は……どうしようもない孤独感を感じたことを覚えている」


「……。それで昨日、双子のことを気にしてくれていたんですね……」


『双子は大丈夫なのか? その……起きた時に海棠がいないと、不安になって探してしまうんじゃないか?』


心配そうに言っていた瑛斗先輩の様子を思い出し、やはりあれは経験によるものだったと知ると、胸が締め付けられた。


「あの子たちには……。私みたいな、あんな思いをして欲しくなかったからな」


(やっぱり、優しい人なんだな。瑛斗先輩って……)


瑛斗先輩の優しさに、温かいものが胸の奥から広がっていく感覚が蘇る。


「そして、七歳の時にボーディングスクール、寄宿学校で寮生活が始まった。それからは、私の長期休みに合わせて母が帰ってきて、家に戻るために、毎年祖父母と母が車で私を迎えに来てくれていた。だが一昨年、私を迎えに来る途中で交通事故に巻き込まれ……。雪の降る中、そのまま誰も私を迎えに来ることはなかった……」


「……!」


俺から静かに顔を逸らし、車の窓から遠くを見つめる儚げな碧い目。


こんな辛い話をしているのに、まるで他人事のように冷静に話す瑛斗先輩。


俺はどうしていいか分からず、窓の向こうを見つめる瑛斗先輩を、ただ同じように見つめてしまう。


「一人になってしまった私は、母に届いていた手紙を頼りに、会ったこともない父に連絡をとるしかなかった。そして私は、父である理事長に引き取られたんだ」