注意! 途中視点変更があります。
◇◆◇◆◇◆
「は~い! じゃあ邪因子による人体改造手術はっじめっるよ~!」
「真面目にやってください」
「分かってるって。今のは緊張をほぐす冗談だよアズちゃん」
ワタシは手術着を着て身体中に電極を貼り付けられたまま、ジェシーさんに突っ込みを入れていた。
流石に普段の部屋には機材が入らず、手術室らしい部屋に運ばれてからのこの冗談は笑えない。
「まあ正確に言えば、身体を邪因子が侵食した時点で一種の改造に近くなっている訳だけどね」
「ピーターさんも黙っててください」
部屋にはワタシ、ジェシーさん、あとピーターさんの三人のみ。
(いつも思うけど、悪の組織の割に毎回同じ人しかいないのは何故だろう? ……人手不足?)
「施術内容を確認するわね。この張り付けた電極から体内の邪因子を少しずつ刺激する。その様子はこっちでモニターしているから、アズちゃんは気を楽~にしてて」
「ただ前にも言ったように、活性化しすぎると聖石と拒絶反応が起こる。予兆が少しでもあったら知らせてほしい。一番早く分かるのは本人だからね」
「はいっ! お願いします」
と言ったものの、邪因子が活性化すると具体的にどうなるのかイマイチ分からない。
(魔法少女に変身する時は、聖石の辺りから力が漲る気がするんだけど似た感じかな?)
「じゃあ……始めるわよ」
ジェシーさんが機械を操作したその瞬間、身体にびりびりとした感覚が走った。これは電極の電気刺激だろう。そして肝心の邪因子は、
トクンっ!
「……んっ!?」
一瞬心臓の鼓動が強まった気がした。そして身体中に何かポカポカする感覚がある。これが邪因子が活性化したという事らしい。
聖石が静かに全身を引き締める感じだとすれば、邪因子は身体のあちこちで細胞が動き出す感じ。少しだけど高揚感がある。
「……OK。入りは順調。気分はどう?」
「ちょっと、落ち着かない感じです。だけど嫌って訳じゃなくて」
「それ分かる。慣れない内はなんかこう走り出したくなる気分になるんだよね。だけど今回は我慢して横になっててねアズちゃん」
別に走り出したりはしないんだけどな。それはそうと、
「……なんですかピーターさん。ワタシの事じ~っと見て」
ジェシーさんがモニターから目を離さないのに対し、ピーターさんはこちらを真顔で見つめている。
「すまないね。確認の為だよ」
「あ~。アズちゃん。一応フォローするけど悪意が有ってやってるわけじゃないから。ちょっち隊長の眼は特殊で、
だから念のため立ち会ってもらっているのとジェシーさんは苦笑いする。理由があるのは分かったけど……ちょっと恥ずかしい。
「と言ってもやっぱりガン見されるのは落ち着かないわよね。ってな訳で隊長。ちょっと離れてて」
「分かった。ボクは隅にでも立っているよ。案山子とでも思って気にしないでほしい」
そう言ってピーターさんは壁際まで下がる。まだ気になると言えば気になるけど仕方ないか。
そのまま邪因子に刺激を与えて数分ほど。
「良いよ~。活性化に伴って治癒力も高まってる。少しずつ刺激を上げているけど違和感とかない?」
「何と言うか……ちょっと熱っぽくなってきた気がします」
熱いと暖かいの中間というか、少しのぼせてきた感じ。さっきから汗もじんわりかいているし。
(だけど間違いなく効いている。このままもう少し続けて)
ドックンっ!
「……っ!?」
「ジェシーっ! 今すぐ刺激をストップっ!? 早くっ!?」
ビーっ! ビーっ!
ワタシが心臓の鼓動に違和感を覚えたのと、ピーターさんが叫ぶように指示を出したのはほぼ同時。その一拍後にアラームが鳴り響き、ジェシーさんは急いで機械を操作した。
急速に身体の熱が引いていく代わりに、鼓動が小刻みに激しく響くのを胸に手を当てて感じる。
感覚で分かる。あと数秒続けていたら、そのまま拒絶反応が起きていたと。
「……ふぅ……ふぅ」
「大丈夫かい? ほらっ! 水だ」
「あ、ありがとう、ございます」
ピーターさんから渡された水に口を付けて、そのまま自分でも驚くほど一気に飲んでしまう。
「ゴメンねアズちゃん。モニターから目を離さないようにしてたのに、結局反応は一番遅くて」
「気にしないでくださいっ!? それを言ったらワタシ、自分の事なのにこの辺りでストップも何も言わなかったし」
申し訳なさそうな顔をするジェシーさんに、こちらも慌てて頭を下げる。
「隊長もありがとう。やっぱり立ち会ってもらって正解だったわ」
「ほぼ機械と差がなかったけどね。それはそうと、今の記録はちゃんと取れてるかい?」
ピーターさんの確認に、ジェシーさんはモニターをざっと見て大きく頷く。
「バッチリ! このラインをひとまずの目安として、明日は少し余裕をもって刺激を加えれば」
「明日っ!? いえ。ワタシ……まだ行けます。邪因子は活性化しているんでしょ? なら少し休んだらまた……アレっ!?」
立ち上がろうとしたら、急に頭がクラッとする。そのまま力が抜けて床に倒れこみ、
「危ないっ!?」
ぶつかる直前、一瞬で距離を詰めたピーターさんに受け止められる。……今の速度、変身したワタシ並なんだけど。
「無理したらダメだっ! 確かに君の邪因子は拒絶反応を起こさないギリギリで活性化している。だけど体力も確実に消耗しているんだっ! ……今倒れかけたのが何よりの証拠。今日はもう休養を取る事だね」
「その通りだよアズちゃんっ! これ以上は医者として認めらんない。戻って温かい物でも食べて今日はもう休もうよ」
確かにこんなふらつく状態じゃこれ以上は無理かもしれない。
なまじ身体が治る感覚があるから悔しいけど、ここで焦って身体を壊したらそれこそ時間が掛かる。
「……分かりました」
……コムギ。今頃どうしてるかな。早く、逢いたいよ。
◇◆◇◆◇◆
「うえ~んっ!? まぁまぁぁっ!?」
一人の子供が、物の散乱する店の中で母親とはぐれて泣き叫んでいた。
悪心が出ずとも、地震等の急な災害はやってくるもの。これはそんなどこにでもある不幸の一つ。
地震の衝撃で倒れた棚に靴を挟まれ、子供は身動きが取れずにいた。
母親は逃げる人ごみに流され、店の場所が奥まった所にあるので重機の使用も困難。おまけに出入口も余震で塞がれるという大惨事。
このまま行けば子供の命も危うい。そんな状況で、
ズリズリ。ズリズリ。
「ひっ!?」
子供は突如聞こえてきた、何かが這いずるような音に僅かに泣き止む。
音は小さく空いた出入口の隙間から。
そして、次の瞬間、
「……ぷはぁ。……はぁ……はぁ……もう大丈夫。助けに来たよ!」
可愛らしいひらひらした服は所々汚れ、美しい巻き毛の金髪も埃塗れ。
それでも子供を安心させるべく浮かべた笑顔は、汚れていても気にさせない輝きに満ちていた。
魔法少女。
悪心に対抗すべく、適性のある者が聖石を身体に埋め込み変身した姿。
その活動は悪心関係だけでなく、警察や救急隊と連携して治安維持、人命救助も含まれる。なので、
「う~……やぁっ!」
魔法少女望月小麦が、こうして重機の入れない場所に突入して人命救助を行う事は、時折見られる光景である。
子供の足を挟んでいた棚をどかし、子供を守りつつ脱出路を確保。
無事に外へ脱出し、救助隊と心配していた母親に子供を預け、瓦礫撤去も協力する。
「本当にもうなんてお礼を言えば良いか」
「魔法少女のお姉ちゃんっ! ありがとうっ!」
「いえいえそんな。魔法少女として当然の事をしただけですから! それじゃっ!」
子供と母親に感謝の礼を受けても、あくまで当然の事とそのまま去っていく。
まさに魔法少女の鑑と言える活躍。なので、
「最近ご活躍みたいじゃん。ご立派ご立派」
次の現場に向かう途中、二人の先輩魔法少女がコムギを呼び止めた。
「何か用ですか? 先輩方」
「別にぃ。ただちょっと後輩に軽い
「アンタさぁ。最近調子に乗ってんじゃない? 何が当然の事をしただけですだよ。そんなに良い子ちゃんぶって皆からちやほやされたい訳?」
「別に……そんなつもりは」
これは単なるやっかみだ。
こういう事はこれまでもあり、その度に親友であるアズキがフォローする事で済ませてきた。
アズキが居なくとも、この程度ならコムギもそこまで腹も立たなかった。ただ、
「ああ。
この一言だけは聞き流せなかった。
「…………んでない」
「何だって?」
「……アズキちゃんは、死んでなんかいない」
「……っ!?」
そう言ったコムギの顔を見た二人は、ほんの僅かに気圧されて後退った。何故なら、
「あたしが見たのは剣が消えた瞬間だけ。あの時は慌ててて死んだんじゃないかってちらっと思ったけど、死んだ瞬間も遺体も見ていない。なら……友達が生きてるって最後まで信じないでどうするの」
コムギは笑っていた。輝かしく、それでいて深い切なさを押し殺したような、凄絶な笑みを。
「だからアズキちゃんが帰るまで、あたしはその分まで出来るように頑張るの。前を向いて、誰かにとっての光であれるようにね」
そう言って、コムギはそのまま次の現場へと向かった。
今はまだここには居ない親友を待ちながら。