「よぉ。お二人さん。話は済んだか?」
戻るとアシュさんは軽く手を挙げて迎えてくれた。話している間に休息の準備も出来ている。
バルガスはヌーボ(触手)が見ていてくれたようで、今は荷車で眠っている。一足先にジューネも眠りについているようで、こちらに背を向けて寝袋の中に包まっていた。
「あぁ。ジューネなら横になった途端ぐっすりだ。余程疲れてたんだろうな。……それでそっちは?」
「……私が何なのかは簡単にだけど説明したわ」
主語のない問いかけだが、アシュさんが聞いているのはエプリの事についてだろう。エプリもそう思ったのかそのように答える。
「そうかい。で? これからどうするかは話したのか?」
「それは……アナタ達はどうなの? 私の事を知ってこのまま出口まで一緒に居られる?」
今のエプリはフードを敢えて被っていない。なので素顔がハッキリ見えている。綺麗系だがその分凄むと怖そうなエプリの目が鋭くアシュさんを見据える。答えによってはここで一戦交えるのも厭わないぞという言外の意思表示だ。
「まあまあ。そんな怖い顔をしなさんな。俺個人はお前さんをどうこうしようなんて思ってないよ。と言っても雇われの身なんで雇い主の意向に従うだけだが」
アシュさんはそこでジューネの方をチラリと見る。ジューネはぐっすりと眠っているようで動かない。
「この通り。意見を伺おうにも爆睡中で聞けやしない。だからまだ協力関係は継続中だ。……少なくとも明日の朝まではな」
「そう。……正直アナタと戦わなくて済むのは助かるわ。アナタはどうにも読めないから。言動も……実力もね」
実際アシュさんは底が知れない。凶魔のバルガスを瞬殺した事もそうだけど、なによりあのイザスタさんの知り合いだ。
この世界に来てまだ日は浅いけど、イザスタさんがかなりの強キャラだというのは間違いない。そして強キャラの知り合いは大抵そちらも強キャラだというのがお約束だ。それが武力かそれ以外かは別だが。
「そんな大したもんじゃないさ。ただのしがない用心棒だ。雇われて雇い主を護る。エプリの嬢ちゃんと同じだ」
アシュさんには余裕がある。今も腰の刀に手をかけている訳でもなく自然体。だがエプリの眼光にたじろぐ様子もなく、まるで受け流すように飄々としているのは紛れもなく強者の余裕だ。エプリもこれ以上続けても意味がないと判断したのか目を逸らす。
「そう……それでは今度はこっちね」
そう言うとエプリはこちらに向けて姿勢を正した。自然と俺もそれに倣って背筋を伸ばす。
「……まだアナタとの契約は続いているわ。嫌と言っても必ずダンジョンを抜けるまで護衛してみせる。これは傭兵としての筋よ。……だけど分かったでしょう? 私と一緒に居ればそれだけで厄介事の素になる。それが嫌だというならなるべく姿を見せずに陰から護衛するけど……どうする?」
どうすると言った時、エプリの表情が一瞬不安そうに見えた。その不安の訳は分からない。だけど……ここで一緒に行かないという男は一発殴られても良いと思う。そして俺は殴られるのは嫌だ。なので、
「決まってるだろ。一緒に行こうエプリ」
「……アナタも物好きね。自分から厄介事を受け入れるなんて」
「言っただろ? 俺は雇い主兼荷物持ち兼仲間として一緒に行くって。仲間は互いを護りあうものだ。それなのに離ればなれでどうするかって話だろ」
俺の言葉にエプリは唖然とした顔をする。……そんなにおかしなことを言ったかな?
「……プッ。フハハハハッ!」
何故かアシュさんにまで笑われた。別に冗談なんか言ってないぞ! 大真面目だ!
「ハハハッ。これは参った。
「……そうですね。これなら大丈夫でしょう」
寝袋がゴソゴソと動いたかと思うとジューネが起きてくる。……あのぅ。状況がさっぱり飲みこめないんだけど。笑ってないで説明してくれない? エプリなんか半警戒態勢みたくなってるぞ。
「悪い悪い。ジューネは最初から寝てなかったんだわ。さっきあんな態度を取ってしまったから顔を合わせづらいって言うんで、寝たふりして様子を伺ってたんだ。自分が寝ている方が正直に心中を語ってくれるだろうってな。……意外に可愛い所もあるだろ?」
そう言ってアシュさんはジューネの頭をワシワシと撫でる。ジューネは「やめてくださいよっ」と言ってはいるが、本気で嫌がっている訳でもなさそうだ。ひとしきり頭を撫でられると、
「エプリさん。先ほどは失礼しました」
ジューネはそのまま深々と頭を下げる。日本の社会人にも負けない綺麗な姿勢で、エプリはいきなり謝られて戸惑っているようだ。
「私は幼い頃から、混血は忌むべき者だと教わってきました。今でも正直に申し上げてあまり良い印象は持っていません」
エプリは何も言わずその言葉を聞いている。
「ですが貴女個人は嫌いではありません。先ほど助けてもらいましたし、たった一日ですが一緒に行動して見えてきたものもあります。それに何よりも……
えっ!? という言葉がエプリから漏れた気がした。ちなみに俺もビックリだ。
「対等な交渉を行い、そして今も取引の最中である以上、誰であれ立派なお客様です。お客様にあのような態度を取ってしまったのは私の落ち度。どうかお許しください」
「……別にああいう態度は慣れてるから良いわよ。それより顔を上げてくれない?」
頭を下げ続けるジューネに、エプリも流石にいけないと思ったのか顔を上げるように促す。
「そうですか? では失礼して」
ジューネはエプリの言葉に従って顔を上げる。……おやっ? よく見ると頬に変な形の痣が出来ている。あれは……もしや寝袋の跡か? 寝たふり中についついウトウトしてしまったのだろうか? なんか微笑ましい。
「……何か?」
「いや何でも」
視線に気づいたジューネが訝しげに訊ねてくるが、面白いのでそのままにしておく。アシュさんとエプリも笑いをこらえているのか微妙に身体が震えている。
「何か落ち着きませんが……まあ良いでしょう。エプリさん。もう一度繰り返しますが、貴女が混血だろうと私のお客様である事に変わりありません。故にこちらとしては契約内容に変更はありません」
「それは……礼を言えば良いのかしら?」
「いえいえ。商人としては当然だと思っておりますので。……それとトキヒサさんがエプリさんの事で何か変わるかもという考えもありましたが、その心配はなさそうですね。あれだけ堂々と仲間だの一緒に行くだの言えるのであれば」
ぐっ! そう言えばジューネも会話を聞いていたんだよな。エプリと並んでからかわれそうなネタを提供してしまった気がする。俺は普通に話しているだけなのに、なんでこう後から考えるとやや恥ずかしい言葉がポンポン出てくるのだろうか? まさかこれも加護の一種ではないだろうな?
「改めてダンジョンを出るまでの契約について確認した所で、そろそろ本題に入るとしましょうか!」
俺が内心頭を抱えていると、ジューネが少しだけ弾んだ声で切り出した。
「……本題? どういう事?」
「それは勿論……今しがた手に入れた宝物についてに決まっているじゃないですか!!」
エプリの質問にジューネは目をキラキラさせて答えた。……そう言えばエプリの混血騒動が衝撃的過ぎて忘れてたな。俺はそれが入っているポケットを上から触る。
あんな奥深く、大量の罠に囲まれた宝箱にあった品だ。それなりに価値のある物だと良いのだが。
「まあ待て待て」
「何ですかアシュ? これだけ苦労して手に入れた物です。ここで確認しておきたいのですけど」
「確認は良いが皆もうクタクタだろ? 夜も遅いし休むのに丁度良い部屋も見つかった。ここはさっさと休んで確認は明日でも良いんじゃないか? 疲れた状態で見ても思わぬ見落としがあるかもよ」
それもそうだ。今はお宝を手に入れた事とエプリの件で興奮しているから大丈夫だが、それが覚めたらドッと疲れが来ると思う。当然他の二人も一緒な訳で、そんな状態では何かとマズいか。ジューネも思い当たったみたいで、渋々ながら了承する。
「それじゃあ決まりだ。最初の見張りは俺がやっとくから、お前たちはさっさと寝た寝た。明日は早めに起きてダンジョンから出るまで一気に行くからな。ジューネは楽しみだからって夜更かしすんなよ。……と言っても心配ないか。相当疲れてるだろうからすぐ寝つけるぜ」
アシュさんは熾しておいたのだろう焚き火の前に座り、他の皆に手を振って休むように勧める。ジューネも自分の寝袋を準備し始めた。エプリはまだ疲れているようだが、それでも見張りについてアシュさんと話している。
じゃあ遠慮なく休ませてもらうとするか。俺の順番をエプリより先にしてもらってからな。……だってさっき倒れかけた相手に守ってもらってはマズいだろ? せめて俺が先に起きて、その分長く休ませるくらいはしないとな。……この関係も明日で最後になるかもだし。
俺はまだ疲れを感じていない内に話をまとめるべく、アシュさんとエプリの所に歩いて行った。
『…………ぇ。ねぇ? 聞いてるの? まったく。ワタシの手駒はたった一日前に言った事も忘れるようなおバカだったのかしら。無茶しないようにって言ったわよね? それなのにアナタときたら、今日だけで何回死にそうになれば気が済むのかしら』
おっと。一瞬意識が飛んでたみたいだ。アンリエッタの怒声が一段と激しくなる。
夜中の十二時前。何とかアシュさんの後、エプリの前の順番をゲットした俺は日課となっているアンリエッタへの連絡をしているのだが、疲れが残っているのか少し頭がぼ~っとしている。
これは決して無意識に女神様のお小言を聞かない為意識を飛ばしたのではない。……そう信じたい。
『……あのね。確かに金を稼ぎなさいと命じたわ。それに
怒りを隠さないアンリエッタだが、その言葉には確かに俺を心配するような響きがあった。
「分かってるよ。俺だって死にたくはない。だからこれからは危ないことは控えるって……少しは」
『本当に~? これまでのアナタの行動からすると微妙に信用できないのだけど』
アンリエッタが疑わしそうな目でこちらを見てくるが、流石に今回みたいな大冒険はしばらくはいいや。ダンジョンにはまた潜ってみたいがやるなら万全の状態でだ。突然見知らぬ場所に放り込まれてという展開は、もうお腹いっぱいだしな。多分評価する
「ホントホント。ここから出たらしばらくバトルはなしの方向で行くとも。安全第一でまずは薬草集めなんかどうだ? ライトノベルのお約束だぞ!」
『あんまりチマチマとやっていても困るのだけど、まあ良いでしょう。これからも私の手駒としてしっかり稼いで頂戴。……説教だけで時間の大半を使ってしまったわ。そろそろ終了するわね』
それでアンリエッタは通信を終了しようとし、直前でふと何か思い出したように動きを止める。
『そう言えば伝え忘れていたけど、アナタが手に入れたあれの換金は受け付けられないからそのつもりで。金に換えるのならそちらでやってもらうからね。
そう言い残して今度こそ通信は終了する。最後に何か気になることを言っていたな。あれ自体が望むのならって……まさか生き物か何かだったりするのか?
俺は慌ててポケットから石を取り出してよく眺める。別に形や色が変わったりもしていないよな。
「…………お前話が出来たりするのか?」
試しに聞いてみるが、当然ながら返事はない。念の為査定してみようか……やめとこう。どうせ明日の朝確認するんだ。その時にすれば良い。俺は石をポケットに再びしまい、焚き火の傍に移動した。