第11話「文化祭」

2022年9月18日文化祭二日目。厳しい残暑のなか、新学期に入って、あっという間に、この日を迎えた。長空北高校の文化祭は、例年部活対抗ブレイキン大会と軽音楽部のライブが人気だ。


今年は文芸部のたこ焼き屋が大いに繁盛していた。浦川辺あやが、ハキハキとした声で、たこ焼きを売る。


「レンコン・明太子・ブロッコリーです!12個で600円になります!」


文芸部員は1年生から3年生まで総動員され、店子売子と調理班に分けてフル稼働していた。調理班は家庭科室で調理をし続ける。たこ焼きの中に入れる具材のバリエーションを今年から一気に増やして臨んだ。もちろんタコも入っている。赤字覚悟の大量生産だが、流石は元子役だった。


止まらない人の流れ。他校の生徒から、近隣住民の方まで幅広く、来校する。店前に来る人が皆「可愛い子がいる」と言って、足を止め、たこ焼きを注文する。たこ焼きは飛ぶように売れる。


さやも、あやの隣で注文を捌く。


「アボガドとニラです♡8個で400円になります♡」


日頃英語の授業で使う教室は、文化祭で文芸部のたこ焼き屋のスペースとなった。並べた机にテーブルクロスが8席分。廊下側の窓や壁を模造紙で貼りかえて、花柄の飾りつけをした。花瓶や、ぬいぐるみも陳列させた。


「殺風景な教室だったから♡可愛くするのに時間がかかったよね♡」


「頑張った甲斐があってお客さんが来てくれるね!」


二人の間にある空気が、可愛らしいぬいぐるみに負けない、彩りだ。


正午を過ぎても来客が減る様子はない。調理班はローテーションしているから、もう各自昼休憩を済ませただろうか。


あやとさやの声が、廊下から階段を抜けて、違う階まで聴こえそうなくらい元気がよい。しかし、いつまでもやらせておくわけにもいかないと思い、「代わるよ」と上級生が言う。


「大丈夫です♡楽しくて」と、さやが言う。


あやとさやは、売るのが楽しくて仕方が無かったが、「そういうわけにはいかない」と言って、3年生二人が交代してくれた。


「二人で好きなところ行っておいで。あとベテランがやっとくから」


あやとさやは、楽しかったとはいえ労働から解放され、自由の身になる。




まだ蝉の声が聴こえる、9月中旬。雲が通り過ぎる空と廊下の窓。


あやが、ペットボトルの飲料を飲んで、カバンにしまうまで、さやは、二人の間にある空気を確かめるように、あやを見つめていた。


さやは、あやの手をキュッと握ると「どこへ行こう♡」と楽しそうに言う。


あやは、さやの手の感触に、ギクリとして、歩く足の歩幅が、噛み合わなかった。


「さや」


と、小声で呼んだ。聞こえないかもしれない小さな声で、さやを呼んだ。


さやは、立ち止まって、振り返った。満面の笑みを浮かべて、静止する。


汗ばんだ笑顔と、少し明るい髪。


周りの雑踏、往来する人の声。


「あやちゃん♡」


笑ったままの、さやの顔が、あやの心に刻まれる。


透き通るような肌も、薄い唇も、最初に会った時と何も変わらないはずなのに、このとき鮮明な一枚絵は、さやの感情を伝えた。


「ずっと楽しみだった♡」


あやは、「うん」と頷いた。


さやは、「やっぱり、女の子同士というのは、嫌なのものなのかな」と思った。


バラを好む者に限って、トゲを厭わず、恋心が臆病を許さない。


友達に擬態してしまう前に、伝えなきゃならない。


一歩の距離もない。


「大事な話があるの♡」


さやは、口火を切った。


それは、クラシックの演奏のような、清らかさで、あやの騒めく心を、優しく撫でた。次第に澄み渡る真っ白な空間で、鮮明なさやの両手の手のひらが、あやに向けられた。


さやは、指でハートマークをつくって、


「恋したんです♡」


と心の中で、唱える。


気持ちを伝えるのは、嫌らしいことではない。好きという感情は、後ろめたくない。伝えることは、何にも悪くない。さやはそう思うのだ。


「来週の花火大会に・・・行きたい♡」


さやは、言い切った。


あやは、同じくらい大きな笑顔で言ってやった。


「いいよ!行こう!」


そう言って、さやの手首をガバッと掴んで、人混みを走り出す勢いだった。


そして、さやは望んで友達に擬態する。




「そういえばさ♡軽音楽部の人♡またあの曲を歌ってくれるかな?」


「行かなきゃいけないんだよな!」


いつも通りの二人に戻って行くのだった。


校庭は、後夜祭会場の設営が始められていた。午後18:00以降は後夜祭と言って、校庭に設営されたステージでショートコントをしたり、漫才をしたりする。文化祭実行委員の生徒達が、厳しい残暑の暑さをすっかり忘れて、協力して設営している。彼らのような生徒が毎年大勢いて、長空北高校文化祭は成り立っている。


横山みずきは、設営の様子を木陰から眺めていた。


「よくやるねぇ。愛校心があって素晴らしい」


演劇部が配っていた団扇で扇ぐ。


「演劇は結構面白かった」


「俺も同じ感想」


前田よしとは、同じクラスのよしみで、一緒に木陰で涼んでいた。


「横山は、部活対抗ブレイキンに出ないのか?」


みずきは遠くを見つめながら言った。


「りおから聞いてる?」


よしとは、無視されたことには触れず、


「『禁断の交わり』って冗談めかして言っているけれど、横山は応援団だよな?」


と言った。


みずきは黙って頷いた。


みずきは、軽く咳払いをしてから、


「問題は、ヤってしまうのか、だよな。その際、怒張したものを使用するかどうかだ」


と言った。




よしとは、


「すまん、そこまで言うなら横山は部活対抗ブレイキンに出て欲しい」


と言う。


言って、二人して笑った。




すると「おう」と野太い声がして、陸上部2年生の園崎が木陰にやって来た。


「前田は、高低差を感じさせないよな」と言う。


そう言って、みずきとジッと見つめ合って、よそよそしく場所を移そうとする。


みずきと園崎は付き合っている。園崎も陸上部の投擲選手だ。


首だけで振り返った園崎は、


「嘘だよ。ブレイキン見に行こうぜ」とよしとに言った。




園崎は、みずきの目の前にも関わらず得意げに力説した。


「手をつなぐのだって肉体が必要だから。みんな肉体が目当て」


よしとは「さいですか」という顔をして、そっぽを向いた。




体育館では、もうすぐ部活対抗ブレイキンが始まる。


「それでは部活対抗ブレイキンを始めたいと思います」


司会の声がマイクで響く。


暗転して、静まり返ったあと、大きな音と共にBGMが流れた。


ドゥン!ドゥン!ドゥン!


野球部がユニフォーム姿で、完璧に踊りはじめた。いつブレイクダンスなんて練習しているのだろう。皆、坊主頭で、あんなに愛想笑いをして。BGMは注意深く聴いていると「アキバ系地雷姫でんせ2」という楽曲だった。


よしとが立ち見をしていると、よしとを見つけたバレー部1年の松岡、岡部、井沢と新垣がやって来た。


「前田先輩。野球部の踊り、嫌いじゃないんですね」


松岡はあの件以来、よく懐いている。


ブレイキンのBGMが、鳴り響く体育館に大勢の人が集まっている。


園崎とみずきは、二人で仲良さそうにしているが、1年生4人は、その場を離れない。


しばらくして岡部が話し始めた。


「この間の練習試合で、俺のスパイクで相手のリベロが吹っ飛んだんです」


よしとは、岡部の方を見た。


岡部は「感謝してます。俺ら」と言う。


よしとが「あぁ!」と言うと、1年生4人は嬉しそうだった。


「勝とうな!」


と、よしとは明るく言った。選手権の予選が9月下旬から始まる。東京都予選は勝ち上がらないといけない。




部活対抗ブレイキンが終わると、軽音楽部部長が出てきた。


「今日この日のために長空北高校体育館に集まってくれた皆。ギターのKENです」


髪色が、ゴールデンウイークのライブの時のように、また赤髪になっている。


「髪、これポリシーでやってるんで」


とマイク越しに話すギターのKEN。


後ろからスタスタとニット帽のボーカルが歩いてきて、マイクを奪った。


「『嫌いじゃない』って言う感じが凄く責任感あると思います。もちろうんそう思って貰う側にとってです」




ブブパ♪ブブパ♪ブブブ♪パブブ♪パブブ♪パ♪




すると「イエーッ!」と体育館中から歓声が上がった。こんなに大勢がこの場に来ていたのかという大歓声が轟く。


「おぉ!」


「おぉ!」


「おぉ!」


「おぉ!」


という重低音のようなコールで体育館の窓ガラスがビリビリと揺れる。


ブーッ♪ペッ♪ペペペ♪ブーッ♪ペッ♪ペペペ♪ブーッ♪ペッ♪ペペペ♪


パブブ♪パブブ♪パ♪


ズンッ!


「大丈夫♪(ハイッ!)」


「大丈夫♪(ハイッ!)」


「虹を信♪(ハイッ!)」


「じている♪(ハイッ!)」


「僕たち♪(ハイッ!)」


ゴールデンウイークに文化部室棟の屋上で聴いた時より格段に良くなっていた。


今回の楽曲は「気持ち悪くならなきゃテンションあがらないでしょ- Eurobeat mix- 」ということだった。