第28話 魔女、使い魔を模索する

 再び馬上の人となってしばらく。

 この世界の時間の単位も「1時間」とからしいが、そういうのって何か法則でもあるんだろうかとかどうでもない事を考えつつ、オレはさっきから何度も後ろを振り返って少し後ろを進んでいるアレンシールと顔を見合っていた。

 そのたびにアレンシールは苦笑混じりに首を振り、オレも困った顔をしてまた前を見るしかない。

 オレたちが気にしている事。

 それは、リリがさっきからずっと黙り込んでいる事に他ならなかった。

 エルディたちと別れてからまだ数時間だけれど、その間ずっとリリは黙ったまま口を開かないのだ。

 明るいリリは今まではこうやって馬に乗っている間はアレンシールとの距離に照れてみたりオレに魔術について聞いたりと、「移動時間すら無駄には出来ない」とばかりに元気に口を開いていたというのに、だ。

 しかもその表情は、アレンシールとの距離に照れているとかそういう感じのそれではない。

 ただ照れているだけであればその照れ臭さを誤魔化そうとするかのようにオレに話しかけたりしてきていたのに、そういう感じでもないのだ。

 なんというか、落ち込んでいる、というか、そんな感じ。

 昨日から今日までにかけてリリが落ち込むような事はなかった、はずだ。

 いや、まぁオレは盗賊たちの足をボキボキ圧し折ったりしていたのでそれが怖かったのならまぁ、仕方ないっちゃ仕方ないし言い訳のしようもないのだけども、それならそれで言って欲しいな、とか、思う。

 いや、うーん言い難いか、それは流石に。

 そうやって悶々と考え始めてしまうと誰も口を開かなくなってしまうもので、しばらくの間は馬の蹄が土を踏みしめる音とどこからともなく聞こえてくる鳥の鳴き声なんかだけが空間を支配する。

 なんていうか……気まずい。

「あの……エリス様っ」

「は、はい!」

 サクサク、ちゅんちゅん

 典型的な牧歌的な音を聞きながらマジで昨日何かやらかしちゃったかしら? なんて考えていたオレは、しかし当のリリに話しかけられて情けなく背中をピーンとさせながら振り返ってしまった。

 一瞬馬が慌てたように足踏みしたが、それはなんとか手綱だけで御する。

「あの、わたし、ずっと考えてたんですけどもっ!」

「はいっ」

「私……私、悔しくて!」

 悔しい?

 馬のたてがみをぎゅーっと握るリリにアレンシールがちょっと慌てた顔をしているが、馬は今はまだ我慢してくれている、らしい。

 これ以上リリの手に力が入るとたてがみをむしり取ってしまいそうでちょっと怖いけども、そこはアレンシールに止めてもらうしかない。

 今は下手にリリの言葉を止めない方がいい、ような気がするのでそちらが優先だ。

 耐えてくれ、馬。あとで美味しいりんごをあげるから。

「昨日エリス様とアレンシール様が戦ってらっしゃるのに、私……私、何も出来なくてっ!」

「えっ」

「しっ!」

 何も出来なかった、というリリの言葉に無意識だろうかアレンシールが鶏にタックルをされたときみたいな顔をして固まった。

 反射的にそれ以上の言葉を止めるように口の前に人差し指を立てると、アレンシールも慌てて口を閉じる。

 レディの言葉を遮ってはいけない。

 例えそれが、オレたちの思っていた方向とは違うものだったとしても、だ。

「先ほど天井を破壊して下さったじゃないですか」

「でもでも、それはエリス様に言われたからです! 自分から動くことは……出来なかった、です」

「今まで戦ったことのない子が武器を持っている相手に向かって行くのは難しい事だと思うよ?」

「でも……お二人は凄く、かっこよかったのに……私はなにも……」

「やるべき時にやる、というのが大事なのですわ」

 馬の歩みを緩めて横に並びつつ慰めても、リリは何だか納得をしていないような表情で黙り込んでいる。

 正直オレとしてはリリはあの一撃だけでも十分な仕事をしてくれたと思っているんだが、リリはそれでは満足をしていなさそうだ。

 というか、あの足ボッキボキはリリにとってはかっこよかったのか……そうか……相変わらず胆力があって素晴らしい事だと、思おう。

 しかし、今回は盗賊たちが思ったよりもまともな人たちだったお陰でリリの魔術の練習もそこまで捗ったとは言えない感じで終わってしまった。

 リリの最大火力を知る事は出来たけれど、逆に言えばそれだけだ。

 常にフルパワーでいるわけにもいかないだろうし、やはり彼女に丁度いい修行方法というのを模索するべきなのかもしれない。

 彼女が「私もやらねば!」とあの火力の一撃をいきなり繰り出さないためにも……

「そういえばあの神殿の壁画を私も見たのだけれど、魔女と一緒に動物が描かれていたね」

 リリの切実な視線を受けながら「さてどうしようか」と返答に悩み始めた時、いつものようにアレンシールが会話の舵を思い切り切ってくれる。

 これって彼の特技なんだろうか。

 長男だから? だとしたら今までのジークレインとエリスはどういう感じだったんだろうか。

「黒いカラスが居ましたっ」

「そうだね。アレって使い魔なんじゃないかって、エルディさんが言っていたよ」

「使い魔……?」

「うん。使い魔は、魔女がまだ未熟な時に魔力を制御するのを手伝ってくれたりしたそうだよ」

 使い魔。使い魔か。

 そういえばあの壁画はつい海らしき黒い所ばっかり見てしまっていたけれど、確かに魔女の近くに動物たちが描かれていたような気もする。

 一番目立っていたのはカラスだったけれど、猫やヘビ、それこそ馬っぽい生き物なんかも居たりして「なんでこんなに動物も一緒に居るんだろう」と思ったくらいだ。

 だがそれが使い魔であるのなら、納得だ。

 馬が使い魔というのはオレの中の常識にはなかった事だけれど、猫やヘビなんかは【魔女】というもののお約束な気もする。

 しかもそれが未熟な魔女の補佐役とは、まったく知らなかった。

「エリス。君は使い魔をどうやって得るのかは知っているかい?」

「えーと……確かその動物の魂そのものと契約をする、はずですわ。わたくしは使い魔を持っていないので、本で読んだ知識なのですが……」

「私にも使い魔って作れますか!」

「応じてくれる動物が居れば使い魔になってくれるはずですけれど……」

 ともにょもにょ言いつつ、馬を少し早足にさせながらエリスの日記をマジックバッグから取り出す。

 使い魔の儀式については勿論エリスの日記にもきちんと書かれていたものだ。

 だが、エリスは幼い頃から魔力制御が得意だったらしく使い魔を持っていなくって、そもそも使い魔をゲットするのも中々に難しいんだとかなんとか書いてある。

「まずは、動物と対話出来るだけの魔力量がないと駄目ですわ」

「ま、魔力量ですか……」

「リリさんなら大丈夫だと思うけどね」

「そうですわね。それから、いろいろな動物に話しかけて無視されても諦めない精神力も必要だとか」

「直接交渉するんですかっ! 動物にっ」

「なるほどなぁ」

「その後、契約の儀式を行うと使い魔になれる、とありますわね」

 使い魔になる第一条件は、そこそこの知能のある動物と交渉をすること、らしい。

 脳みそが小さかったりして知能が低い動物は「操る」事は出来ても使い魔にはなれなくって、その違いはやはり【魔女】の言葉をきちんと理解出来るかどうかなのだとか。

 なるほど、だから猫とかヘビとか、頭の良さそうな動物が多いんだなと初めて知る。

 カラスも頭が良いという話だし、まぁそれもそうだろう、なんて納得してしまった。

 とりあえず、リリが使い魔を得るには「そこそこ頭の良さそうな動物」を探し、「動物と会話が出来る魔力を使った交渉」でOKを貰った上で契約の儀式が必要だ、と。

 そうなると、この森の中で使い魔を探すのは難しそうだ。

 今居る馬を使い魔にしても流石にデカすぎるし、他に居る動物といえば小鳥や野ウサギくらいのもの。

 そのどちらも、使い魔に向くとは思えない。

「街についたら野良猫とかを探してみたらどうだい?」

「……猫に話しかけてる時、ちゃんとついててくださいますよね?」

 オレとしては今現在ここにどんな動物が居るかが気になっていたが、どうやらリリは「一人で動物に話しかけなければいけないこと」が気になっていたらしい。

 こんな森の中では良さそうな動物はいなさそうだし、と街の中を提案したアレンシールは、うるうると救いを求めるような目で見上げてくるリリに、優しく、貴公子的な笑みを浮かべる。


「これは君の試練なんだよ? リリさん」


 だがオレは知っていた……アレンシールがあの笑顔を浮かべるのは、こちらの希望を一刀両断してくる時であるという事を。

 そして獅子が千尋の谷に我が子を落とすかのように蹴落としてくる時の笑顔であるのも、知っている。

 しかし彼の言う事は正論。正しいのだ。

 今回の試練は、リリがクリアしなければいけない試練。

 うえーん、と悲しげに泣く少女へ向けられた兄の笑顔の何と楽しそうな事か。

 オレは救いを求めるリリの声は一先ず無視して、長いものに巻かれようと決めた。