「変でしょ……幸世がうちに来てから、二人は毎日もああいういじわる芝居をやるの」
玄誠鶯はため息しながら頭を横に振った。
「あの子たちに理由を聞いても、ただのままごとだと誤魔化されるの。でも、さすが騒ぎすぎたと思う。噂が怖いものだわ。万が一、うちの娘が養女をいじめる話になったら、うちの名誉が傷付くわ」
幸一と玄誠鶯が戸惑っていたら、修良は何か分かったように手を叩いた。
「ああ、それか」
「それって?」
「二人が演じていたのは、女性の間で流行っている、『下級使用人の私もできる!冷酷な将軍と幸せな溺愛結婚!』という小説の場面でしょう」
「何それ!?!」
その謎すぎる言葉を理解できなく、幸一は目を大きく張った。
「母が病死で、富豪の父に見捨てられたお嬢様が、継母と異母の姉妹にひどくいじめられ、下級使用人にされた。ある日、絶望するお嬢様の前で、かっこいい許嫁の将軍が現れた。本来、婚約を解除しに来た将軍は純粋で可哀そうなお嬢様に惹かれて、お嬢様を家に迎えた。将軍はお嬢様を溺愛し、お嬢様の心の傷を癒した。その後、お嬢様が母から膨大な遺産を残されたことが判明し、二人はお嬢様の実家から財産を奪還した。二人はいくつかの困難の乗り越え、最後に幸せな結婚を遂げた――という話です」
「どこかで聞いたような、実際に見覚えがあるような……」
その物語が自分の経歴と重ねた部分があり、幸一はかなり微妙な気分になった。
「そういえば、なんで先輩はそんな話に詳しいの?」
「長年で九香宮で過ごしていた私たちは、世の中に対して圧倒的に知識不足だから、情報収集の一環としていろいろ調べておいた」
「さすが修良先輩!ここまでの知識を把握したとは!」
幸一の目に感服な光が煌めいた。
修良の理由に疑いもしなかった。
でも実際に、修良がその小説を読んだのはなんの深い考えもなかった。
背景設定が幸一の経歴と似ているから、興味を持っただけだ。
「それと、二人が物語を演じたのは、おそらく、幸世さんが理想な旦那さんを引き寄せたかったのでしょう。例えば、人のたくさん集まっているところで、あのような可哀そうなお嬢さんを演じたら、きっと注目されるし、同情を集めます。そうやって噂を広げれば、保護欲が刺された男が現れ、幸世さんを訊ねに来るのでしょう」
「わざと自分を卑下するまで相手を掴むのか……理解できない」
幸一は妹の考え方を認めなかった。
「理解できないのは、幸一が優秀だから。自尊心と自愛心はすでにあなたの魂に刻まれた証拠よ」
修良は明るい笑顔で幸一を褒めた。
「いけないわ……」
修良の分析を聞いた玄誠鶯は動揺した。
「もうすぐ町の夏祭りだわ。万が一、あの子たちはお祭りでそんな芝居をしたら……私が幸芳を止めるから、幸一は幸世を説得してくれない?」
「分かりました。兄として幸世を教育します」
同じく問題を感じたので、幸一は頷いて、玄誠鶯と一緒に幸世たちに向かった。
*********
「幸芳、こっちに来なさい」
玄誠鶯はさっそく幸芳を呼んだ。
「遊びに行ってって言ったのはお母さんじゃ!」
「そういう遊びをしてはいけないの!幸一と幸世は久しぶりに会ったから、二人を邪魔しないで!」
幸芳を連れて庭を出た玄誠鶯を見て、修良は思った。
玄誠鶯の厳しさは表のものだ。中身は子供の気持ちを考える情の深い人間。
子供のやることを認めなくても、いきなり強引な手段で止めるようなことをしなかった。
自分の期待に背けた子供を無視することもないだろう。
彼女を幸一の母親に選ばなかったのは正解だ。
こんな母親がいたら、幸一はきっと簡単に現世の家を捨てない。
一方、幸一は幸世の前に来て、さわやかな笑顔で声をかける。
「あの、幸世、俺のこと、覚えている?幸一だ。お兄さんだよ!」
「幸一……」
幸世は幸一の顔を数秒間ぼうっと見つめていたら――
「パシッ!」
思いきり平手で幸一の顔を打った。
「!!」
幸一は硬直になって、何がどうなっているのか更に分からなくなった。
幸世は幸一と距離を取って、両手で箒を握って幸一を指す。
「何がお兄さんよ!この張本人!長男のあんたがいなくなったせいで、お母さんとお姉さんたちはどれほど苦労をしたのか分かってるの?!」
「今更何しに来たの?!継母の娘が落ちこぼれになったのを楽しみに来たのね!分かっているわ。それは男のざまあみろっていうの、きっといい気分でしょう!」
幸一を追い払うように、幸世は箒で落ち葉を幸一のほうに飛ばす。
「な、何を言っている、幸世。俺はただお前が心配で……」
幸一は落ち葉と塵を払いながら説明しようとしたが、幸世の言葉がもっと速い。
「じゃあ、いい子ぶって、わたくしを救い出すのが目的?言っておくけど、わたしくは自尊心が高いの!兄だからってあんたの顔に騙されないわよ!ここで一生使用人をやっていてもあんたについて行かないわ!!」
「……違う、俺はお前を連れて行くつもりはない、ただ……」
「やっぱりわたくしを置いていくつもりなのね。さすが家を丸ごと捨てた薄情兄だわ。表はいい子ぶって、可哀そうとか嘆いて、心の中でざまみろって思っているのね。分かってるわよ、小説の中の偽善な主人公たちはみんなそうなの!」
「…………」
何を言っても捻じ曲げられた解釈で返され、幸一はもう次の言葉が見つからない。
幸世は幸一にかまわず、プンプンと落ち葉集めに戻った。
「相当恨まれているみたいね、幸一」
修良は幸一の傍に来て、掌を幸一の打たれた頬に軽く当てる。
修良の掌から水色の薄い光が現れて、幸一の頬を冷やす。
「いいんだ、痛くもない」
幸一は修良の手を取って、低い声で聞く。
「先輩は幸世の言っていることの意味が分かる?彼女は一体俺にどうしてほしんだ?」
「分かっても意味がないだろ。法術で眠らせて、戸籍文書を回収しよう」
修良は興味なさそうに冷淡な返事をした。
「でも、俺は家族を捨てたのは事実だ。家族が大変だった時に何もしてあげられなくて、恨まれても文句を言えない……せめて、償いとして妹に何かしてあげたい」
「じゃあ、聞く。幸一が大変だった時に、家族は何をした?」
「!」
修良の質問は幸一の心臓に直撃した。
「幸一は簡単に家族を捨てるような人間ではない。幸一に寂しい思いをさせて、幸一を捨てたのは彼たちのほうだ」
修良の目は冷たい光が浮かんで、幸一の目をまっすぐ見つめる。
「それは、否定できないけど……あの時の幸世はまだ小さかった。俺の家出は彼女と関係ないし、なんと言っても血の繋がっている兄妹だ。誤解があったら解けたいんだ」
両親と四人の姉が冷たかったが、小さかった妹たちは幸一と親しかった。
幸世がこうなったのは、大人たちの言葉を聞いて誤解したのか、衝撃を受けて混乱したのに違いない、と幸一は思った。
「幸一が玄天派に入る時に、私は言っただろ。仙道を修行する人間は、現世との繋がりをすべて切る必要がある。つまり、仙道を修行する人には、家族がいない」
修良の態度が硬くなったが、幸一は彼の目線から逃げもしなく、まっすぐに見つめ返した。
「でも、俺はその解釈が正しいと思わない。だって、俺と先輩は家族のような関係じゃないか?」
「……」
修良の眉が小さく動いた。
「それに、俺はまだそこまで修行していない。すべてを切るのはまだまだ早い。今の俺は、兄として妹を助けたいんだ」
短く考えていたら、修良は鼻から息を吹いて、口元を上げる。
「ふ……早まったのか。幸一は、やっぱり家族を捨てないな」
修良は視線を幸一から幸世のほうに移した。
「もう一回確認するけど、幸一は、本当に幸世のほしいものを与えるつもり?」
「ああ、そうだ!」
幸一は迷いなく頷いた。
「幸一自身が誤解されるままでもいいのか?」
「俺は誤解されるまま……?」
修良は狡い微笑みを浮かべた。
「幸世のほしいものを上げられるけど、その条件は、幸一が誤解されるまま、いいえ――幸一が悪人になることだ」