修良を部屋まで送り、彼から任務の内容を聞き終わって、幸一はまた頂上に登った。
修良の代わりに、師匠に任務の報告をするために。
しかし、九天玄女のいる謁見の間に入ったら、意外な人物を見た。
「二郎さん……?」
不確かな口調で、幸一はその人の名前を呼んだ。
「お坊ちゃま!」
九天玄女にお礼をする途中だが、朱二郎が幸一を見た途端に、泣きそうな顔で大声を上げた。
「お坊ちゃま……ご無沙汰しております!お元気のようで、なによりです!」
「やっぱり二郎さんだ!どうしてここに?」
幸一は感慨深い。
六年前の兄のような親切な少年は、もうたくましい青年に成長した。
幸一が家出してから、朱執事親子は彼を探していた。
幸一が玄天派に入ると言い出したから、朱執事はすぐに九香宮に尋ねた。
幸一がいるとの答えをもらったが、ずっと顔合わせをさせてもらえたかった――もちろん、修良の独断で。
あれから、朱執事は毎年も幸一の父の名義で贈り物を送る。
送り主は父ではないことが、幸一はずっと知っている。
「幸一、半年の休暇を許可する。家のことを処理してきなさい」
「!?」
九天玄女の言葉で、幸一はよくない予感がした。
挨拶を交わす暇もなく、急いで二郎の話を催促した。
「どうした、二郎さん、一体何があった?」
「……旦那様は、おなくなりました!」
「!?」
幸一は驚いた。
家を離れたる頃に、父はまだピンピンしているのに……
「病死、か?それとも……」
病死以外の可能性が高いと幸一は思った。
「自殺、です……」
「!!嘘だろ……?上京を丸ごと買うのを目指してたお父様が、自殺!?」
病死よりも信じがたい事実だ。
二郎はため息をしながら、幸一に事情を話した。
「実は、お坊ちゃまがお家を離れてから、旦那様の商売が躓いた。大きな商談は次々と交渉決裂し、競合相手が現れ、昔からの商売もだんだんうまく行かなくなった。取引先に契約を破られたこともあり、騙されたことも何回あった。それでもすぐに景気を取り戻せると旦那様は信じて、どんどん新し事業の開拓に手を出して……一年前から、
「ありえない、あのお父様は……経営失敗で倒産?」
呆れた幸一に、二郎は爆弾を投げ続ける。
「でも、それよりもっと大事なことがあります!!」
「!?」
父の自殺よりも大事なこと!?更に信じられない!
「奥様は、奥様は負債を返還するために、お坊ちゃまを売ってしまったのです!」
「俺を、売ってしまったぁ!?」
幸一の目が飛ぶ出そう。
「一体、どういうこと!!!??」
「旦那様の負債はとんでもない巨額です。土地、家具、使用人、妾まで……奥様は売れるものを全部売っています。お坊ちゃまの戸籍文書までに手を出しました」
「俺の戸籍文書が!?」
戸籍文書、政府が国に住む人に発行する身分証明書のこと。
奴隷になる時以外に、本人かその保護者が所持する。
そして、仙道を修行する人にとってさらに重要な「意味」を持っている。
もちろん、六年前の幸一はその意味を知らなくて、家出の時にそれを持ち出さなかった。
仙道の「意味」はともかく、一般人としても、今はかなりやばい状況だ。
戸籍文書が売られたということは、幸一は奴隷として誰かに売られたことだ。
「誰に売った!?」
幸一は二郎の肩を掴んで、話を催促した。
「わ、分かりません!多すぎで、分かりません!」
二郎は申し訳なさそうに頭を横に振った。
「多すぎって?」
「お坊ちゃまは幼いころからたくさんの人に憧れられているから、奥様はお坊ちゃまの戸籍文書を偽造して、お坊ちゃまに意のある人たちに売りまくったのです!」
「!!!」
「そして、先日に、それが買い手たちにバレて、奥様は逃げました」
「……」
この混乱な状況に、幸一は言葉も出ない。
継母に好かれていないのが分かるけど、ここまでやられるとはさすが理解の限界を超えた。
「お坊ちゃま、奥様が捕まるまでに家に帰ってはいけません。旦那様のことは俺たちなんとかするから。お坊ちゃまはこの九香宮にいる限り、買い手たちは手を出せません!」
幸一に状況を伝え終わり、二郎は九天玄女に訴えた。
「九天玄女様、お願いします!どうかお坊ちゃまを魔の手から守っていください!!」
九天玄女が返事をする前に、幸一はパタッと二郎の肩に手をかけた。
「二郎さん、俺は今、師匠から半年の休暇を許可してくれた。やはり、自分のことは自分自身で解決するんだ」
「で、でも……買い手の中でかなり凶暴で欲深い人間がいます!この間、用心棒を連れて、お坊ちゃまの居場所を問い詰めにくる人は何組もいました!彼たちが混戦してるうちに、わたしは逃げ出して、お坊ちゃまに知らせに来たのです。とても危険です!」
二郎は今の幸一の実力を知らずに、慌てて止めようとした。
相手の腐った性質が分かった以上、幸一の口元に不敵な笑顔が浮かんだ。
「そんなに俺に会いたいなら、会わせてやろうじゃないか」
*********
「こ、これはお坊ちゃまの術ですか!?」
幸一が召喚した巨大な蒼鳥を目にして、二郎は驚嘆をあげた。
「さあ、乗って!善は急ぐんだ!」
幸一は誇らしそうに二郎を引っ張って、鳥の背中に乗った。
「え、えええ!!」
二郎の叫びの中で、蒼鳥は九香宮の広場から羽ばたき、幸一の実家へと向かった。
あっという間に幸一の家についたが、鳥はすぐ降りなかった。
幸一は上の空から下の状況を観察する。
三十人ほどが実家の正門の前に詰まっている。
裏扉のほうにも十数人がいる。
二郎は地上に一目をやったら、ひどいめまいがして、前に座る幸一の腰をもっときつく抱きしめた。
「ど、どうします、お坊ちゃま。まず敷地内に降りて、父と対策を相談しましょうか?」
「敷地内だと奴らが分からないだろ」
幸一は一回鼻で笑って、サッと立ち上がった。
「えっ!お坊ちゃま、何を――」
質問の間を与えずに、幸一は二郎を腋の下に抱え、空から飛び降りた。
「ああああああ!」
二郎の悲鳴の中で、幸一は鳥のようにふわっと正門の上に着陸した。
巨大な蒼鳥は小さくなり、一枚の羽となって、シュッと幸一の袖の中に飛び込んだ。
「な、なんだ!?」
取り立てに集中していた人たちはやっと外来者の存在に気づいた。
「お前たちが会いたがっている玄幸一だ!」
幸一は堂々と名乗った。
人込みの戸惑いは数秒だけ。
すぐに、とある中年の男は幸一に指さして、大声で宣言した。
「その顔、間違いはずがない!あいつは我が弟と妹を弄んだの妖の美貌と魔の心を持つ玄幸一だ!」
「っ、お前は誰だよ!」
いきなり投げられた罪状にびっくりして、幸一は危うく正門の上から落ちた。
「それに、俺は人間だ。お前の弟と妹なんか……」
幸一は男に反論しようとしたら、ほかの人もどんどん声を上げた。
「本当に玄幸一なら、逃しては行かん!うちの主人は彼のために黄金の部屋を作ったんだ!必ず彼をそこに入れてやる!」
「偽物の戸籍文書を持ったくせによく言うね!彼はわらわの十三番目の妾になるのが運命なのよ!」
「なんだと!?お前が持っている物こそ偽物だ!」
「俺が先だ!こんな美しい奴隷、俺の夢見る完璧なおもちゃなんだ!」
「庶民どもは黙っていろ!このような別品は陛下の後宮に献上すべきだ!」
「たとえ陛下でも民間からお宝を奪っちゃだめだぞ!こんな美しい人は、うちの店で花魁になり、より多くの人々に奉仕するこそがふさわしい」
「……!!!」
聞けば聞くほど、幸一の怒りが燃え上がる。
継母はこの人たちの変態さを知った上で自分を売ったのか!?
幸一が爆発の臨界点に来る瞬間、人込みから誰かが出た。
背の低いあの影が、人々の足の間の隙を利用して、列の一番前まできて、幸一に手を上げた。
「!!?」
その影の姿を見ると、騒いだ人込みが静かになった。
あれは、明らかに人間じゃない。
丸ピッカな頭に尖った口、手足が極めて細く、全身の肌が緑色の――
「わし、川西に住んでいる河童じゃ。その子、わしの花嫁なんじゃぞ…ぎゃあああああ!!」
話が終わっていないうちに、河童は一陣の強い風に飛ばされ、四つの白い羽に百メートル外の木に釘された。
「お前らが持っている戸籍文書を全部出せ……でないと、あの河童の今は、お前らの結末だ」
幸一は河童に指さして、最後の警告を発した。
しかし、彼の美貌に狂った買い手たちは撤収するつもりはない。
「くらい払ったと思うんだ?契約を破させるもんか!」
「舐めやがったな!河童と一緒にするな!」
「ちょっとだけ術を使えたところで意気になるなよ!こちだって強い用心棒連れだ!」
「気が強いやつこそ調教の価値がある。わらわは直々に手解いてやるわ」
「……」
相手たちの意志を確認出来た幸一は、一度深呼吸をして、いさぎよく地上に飛び降りた。
そして、一番たくましく見える用心棒っぽい大男に手を伸ばした――
「ぎゃああ!!」
「がああ!!」
「助けて!!!」
「ああああ!!!」
玄家の正門前で悲鳴の交響曲が奏でられた。
二郎は壁の上で、呆然と幸一の疾風迅雷の腕を見ていた。
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