第20話 巡礼者の祠



「これで最後っ!」


 ガウリロが坑道から飛び出してきたゴブリンの首を刎ねる。既に坑道内は静かになっており、ゴブリンはもう飛び出してこなかった。鉱山の入り口前の広場には、大量のゴブリンたちの死体が折り重なっている。三十か四十か、それくらいの数が巣食っていたようだ。その数の多さに、ゾッとする。


「これから坑道内に残ったゴブリンを殲滅する。パーティー単位に坑道内の索敵を開始してくれ!」


『赤鹿の心臓』のリーダーが、先導して坑道内へと入って行く。その後に、ゾランたちも続いた。ゴブリンたちはほとんどが煙に燻されて出て来たのか、内部にいたのはごく僅かだった。冒険者たちは岩陰に隠れて震えるゴブリンたちを、容赦なく狩っていく。その姿は、ゾランにとって少し衝撃的だった。


 複雑な表情をするゾランに、エセラインが小さく呟く。


「ゴブリンはモンスターだ。人と共存できない以上、仕方がない」


「うん……。そうだね……」


 ゾランは、冒険者たちが気の良い奴らだと知っている。残虐な性質で、行っているわけではない。誰かがやらなければ、ゴブリンは増えて村を脅かす。生活を脅かす生き物は、モンスターと呼ばれて駆除される。人間社会に生きる以上、宿命と言えた。


(ゴブリンが駆除されれば、アシェ村の人は助かるんだから……)


 逆に、ゴブリンが退治されなければ、アシェ村の人々は村を捨てることになるだろう。ゾランは目を逸らさず、シャッターを切る。坑道内にゴブリンたちの悲鳴と、喧騒がいつまでも木霊した。




 ◆   ◆   ◆




 あらかた駆除を終え、坑道内からゴブリンの気配が消える。リーダーの終息宣言に、ゾランもホッと息を吐いた。冒険者たちも心なしか表情が明かるい。


「こっちに細道があるぞ」


「本当か? 坑道地図には載っていないが」


 冒険者の一人が、崩れた壁の向こうに道が続いているのを発見し、声をかける。ゾランはエセラインと目を見合わせ、その後に続いていった。壁は大昔に掘られたものらしく、坑道の内部とは様子が違う。警戒する冒険者が、小部屋らしい部屋にたどり着いた時、緊張を緩めた。


「ほう――これは」


「あ――」


 壁の先にあったものに、ゾランもハッとした。洞窟をそのまま利用して手作業で掘られた、石の祭壇。その中央に、青銅の女神像が安置されていた。かつては金箔が貼られていたという、女神ドレの像だ。


「これは立派なものだ……」


 リーダーの男が、感嘆の声を上げて武器を下した。手を胸に当て、女神像に向き直る。その様子に、ゾランは胸に何か暖かいものが込み上げた。あれほど強く、ゴブリンに容赦なく戦っていても、その姿はゾランたちとなにも変わらない。


 女神像に一礼する冒険者たちに倣って、ゾランも像の前に首を垂れた。




 ◆   ◆   ◆




「これで、終わり?」


「そうだな。ガウリロたちはゴブリンの死体処理をして、あとはもう何日か坑道内を探索するらしい。それが終われば、完全に終了だ」


「俺たちは、いつまで居るの?」


「これ以上は事後処理だからな。馬車の都合もあるが、明日には出発しても良いんじゃないか?」


「そっかー」


 終わってみれば、あっけないような気がする。だが、女神像も見ることが出来たし、ゾランは満足していた。


(しいて言うなら、ヒクイドリのクリームスープが食べて見たかったけど……)


 猟を再開するのは、もう少し先になることだろう。残念だが仕方がない。また来る機会もないと思うと、別れもまた寂しい気がした。


「宿の女将さんに、新聞送ろうな」


「そうだな。良い記事を書いて、送ろう」


 カメラを鞄に仕舞い、坑道を出る。外に出ると、既に冒険者の男たちが広場に大穴を開けてゴブリンの始末を始めるところだった。一緒に取材に来たカシャロ社の記者たちも、一仕事終えたという雰囲気で欠伸をしている。


「これで全部終わりって、ちょっと寂しい――」


 ゾランがそう言いかけた、その時だった。ピイィィィ! と、けたたましい声を上げて、バサバサと羽音が近づいてくる。驚いてゾランが顔を上げると、真っ赤な鳥が猛烈な勢いで飛び出してきた。


「っ……!」


「ゾラン!」


 エセラインがとっさに手を伸ばす。だが、間に合わない。


 背中めがけて突っ込んできたヒクイドリに、ゾランは反応できずにそのまま突き飛ばされた。足が地面から浮く。驚いて、ゾランはヒクイドリの翼を掴んだ。翼を掴まれたヒクイドリが暴れ、大声で泣き叫ぶ。


「っ! このっ……!」


 じたばたともがくヒクイドリを抑え込もうと、翼を掴む手に力を込める。「ギャアア!」とヒクイドリが嘶く。ふわり、身体が宙に浮いた。


「え」


「ゾラン!」


「バカ野郎、手を離せ!」


 エセラインの切羽詰まった声に被せるように、ガウリロの声が聞こえた。手を離せと言われても、どうしていいか分からない。ゾランはそのままヒクイドリとともに、崖の下へと錐もみ状態になって落下していった。


「ゾランーーー!」


 エセラインの声が聞こえた。だが、自分ではどうしようもない。肩に、背中に地面がぶつかる。何度も回転し、視界がぐるぐると回転する。ゾランは訳も分からないうちにがけ下へと転落し、したたかに身体を打ち付けた。


「ぐっ……!」


 どすん。衝撃に、目を細める。薄目を開けると、木々の向こうに空が見えた。遠くで、エセラインの声が聞こえる。冒険者たちも騒然としているようだ。


(思っ……たより、痛く、ない……)


 結構な高さから落ちたと思ったが、思ったよりも衝撃がなかった。背中に、なにか柔らかいものがある。


「――え?」


 赤い羽根が舞う。深紅の羽に、ゾランは目を丸くした。


 いつの間にかゾランは、ヒクイドリを下敷きにしていたらしい。ヒクイドリは気絶しているのか、ピクリとも動かない。まだ、息はあるようだった。


「ゾラン!」


 ズザザザと土煙を上げて、エセラインが崖から滑り降りて来る。ヒクイドリの傍で立ち尽くすゾランに、ホッとした顔をした。


「無事だったか……。怪我は?」


「肩と背中ちょっと痛いけど、ぜんぜん」


「良かった……。まさか、ヒクイドリが飛んでくるとは……」


 エセラインがチラリと、ヒクイドリを見下ろす。そこに、ガウリロたちもやって来た。


「おう、無事か。災難だったな」


「血の匂いに興奮したのかも知れないな」


「なんだコイツ、まだ生きてるじゃないか」


 ヒネクがそう言いながらナイフを取り出した。ゾランは思わず口を挟む。


「あのっ。このヒクイドリ、貰っても良いですか? お世話になった宿に持っていきたいんです」


「ああ? ああ、もちろん。倒したのはゾランだろ」


「倒したっていうか……」


 笑いながらそう言って、ヒネクがヒクイドリにとどめを刺す。それから、血抜きもしてくれた。ゾランはヒクイドリがCランクモンスターだと聞いて、血の気が引く思いをした。