黒の光波を纏ったへレスの刃がダモクレスの電磁バリアを斬り裂き、多構造電磁層が再構築される間にマシンガン・ブラスターのレーザーが黒鉄の装甲を焼く。
一撃、二撃、三撃と……背部ブースターを吹かし、スラスターの推力を以てダモクレスの背後へ回り込んだダナンは対空火器群の一切照射を全身に浴びる。
真紅の装甲から火花が散り、視界がレーザーとトレーサーの閃光に眩む。近づけば電磁クローの凶刃が振るわれ、距離を取れば全自動追尾ターレットの餌食になる。遠近兵装を網羅したオールレンジ武装を展開するダモクレスは空を飛び回るダナンを撃ち落とし、驚異的な速度で接近する。
ブラフだ。奴は真面に打ち合う気など毛頭ない。刹那の思考―――ダモクレスのスラスターがバックファイアを吐き、接近と同等の速度で後方へ退くと腕部装甲を開き、超小型パルス弾頭をダナンへ向ける。
「吹き飛びなぁダナン‼」
「ッ‼」
電磁パルスは全ての電子兵装及び機械類を停止させる効果がある。もしパルス弾頭が撃ち出されたとしたら、ルミナであろうとも一時的な機能不全を引き起こすだろう。燃える肉身に悪寒を感じたダナンは大口径ブラスター・ライフルを展開しエネルギーをリチャージする。
『ダナン』
「何だッ‼」
『上空への退避を提案します』
迎撃を―――その言葉を吐こうとしたダナンの目にイブの銀翼が映る。
「それが最適解なんだな⁉ ネフティス‼」
『はい、エネルギーチャージをそのままに。砲身と照準は私が支援します』
銀翼目掛けて飛び立ち、空中に駆けながら周囲を見渡した青年は少女が残した翼の位置を確認し、地上でパルス弾頭を構えるダモクレスを見下ろす。
『
ライフルの銃身が銀翼の一枚に狙いを定め、破壊的なエネルギーを纏ったレーザーが射出される。レーザーは銀翼に跳ね返され、次の銀翼へ向かい、それを視認したダナンは脚一本分の距離にまで迫ったパルス弾頭を蹴り返し、ダモクレス目掛けて急降下する。
「血迷ったかダナン‼ 斬り刻んで―――」
いや、違う。電磁クローを蠢かせたダモクレスは反射を繰り返すレーザーと蹴り返されたパルス弾頭両方へ視線をやり、スラスターとローラーダッシュを吹かす。
一瞬の判断ミス。己に近づくダナンに意識を奪われ、彼の意図を汲み損ねた致命的な思考エラー。常人ならば此処で諦め、命を落とす事も覚悟する。素直に敗北を受け入れ、ダナンの攻撃に身を任せようとするだろう。
だが、彼はダモクレス。無頼漢首領、個人要塞、下層から上層まで認める超危険人物。へレスの刃で電磁バリアを微塵切りにされ、圧倒的な防衛機構を失おうとダナンの首を握り締め、真紅の装甲を滅茶苦茶に斬り刻む。
「一緒に死んでくれるのか⁉ ダナン‼」
「死ぬのは……お前一人で死ね‼ ダモクレス‼」
青白いパルス波が二人の装甲を貫通し、機械義肢とナノマシンを半活動休止状態へ移行させる。ダモクレスは膝から崩れ落ち、真紅の装甲が崩壊したダナンは首から血を垂れ流しながらも苦し紛れの抵抗を続け、電磁クローを断つとよろめきながら地に伏せる。
勝った。このまま銀翼から反射されたレーザーが無防備状態のダモクレスを貫き、動力部を射抜けば己の勝ちが確定する。長い……それこそ十年以上の戦いに終止符を着けることが出来る。あの狂人をこの手で―――。
『
「……は?」
動力部が駆動する音が響く。
意識を手放していた筈の機械眼がギョロリと動き、重い鋼を纏う巨躯が再び狂気を宿す。
「手段ってのはなぁ……目的の為に講じるもんだ。そう思わねぇか? ダナン」
パルス波の混乱など露知らず。軋む機械体を動かす為に動力部をフル回転させたダモクレスは口角を歪に引き攣らせ、右側の胸部装甲を開くとそこには赤熱に燃える補助動力源が歯車とエンジンを回していた。
「立てよ、もう一度立ち上がって俺を殺せよダナン……‼ 早く、迅速に、的確に殺せ‼ そうじゃなければ俺がテメェを殺すぞ? ダナァン‼」
「……ダモクレス」
短い発砲音と甲高い金属音。ダナンの機械腕の指先から発射された9mmパラベラム弾がダモクレスの装甲に弾かれ、瓦礫に跳弾する。
「そんな豆鉄砲で俺を殺せるなんざ‼」
「俺の勝ちだ」
「―――何を言って」
『ブラスターレーザー、
瞬間、ダナンへ襲い掛かろうとしていたダモクレスが身を捩り、手帳が宙に舞う。空中から地面へ突き刺さり、アスファルトを焼いたレーザーは彼の装甲を掠め、紙媒体の手帳を焼き払うと光の粒子に消える。
あわよくば……それこそダモクレスの再起動はダナンでさえも予想だにしなかったイレギュラー。青年は敵が電磁バリアを失い、パルス波の影響で身動きが取れない間、レーザーが胸部装甲もろとも動力部を貫く事を期待していた。
しかし、期待と予想は常に裏切りを交える暗器のようなモノ。ダモクレスの二の手が再起動であったとしたならば、手帳を焼き払ったレーザーはダナンの保険。殺し合いに敗けても、勝負に勝った青年は口元に笑みを浮かべ、地面に転がっていた煙草に手を伸ばすと口に咥え、瓦礫に背を預ける。
「ダモクレス、火はあるか? 貸してくれ」
「……勝手に使え」
先程迄の狂気は何処へいったのやら……。つまらなそうに舌打ちをし、ダナンへ鋼鉄製のライターを投げ渡したダモクレスは自分も煙草を咥え、火を着ける。
「……」
「……」
揺らめく紫煙は静寂をもたらし、破壊され尽くした廃ビル群は荒涼の香りを漂わせる。
「……もうテメエに用は無い。手帳が無くなったからな」
「そうか」
燃え尽きた煙草を指で弾き、アーマーに付着した土埃を払ったダナンは激痛に苛まれる身体に鞭を打ち、立ち上がる。
「一つ聞いていいか?」
「何だ」
「何時から手帳を狙っていた? 俺を殺したくないのか?」
「あわよくば……それこそお前を殺すことが出来たならそれに越した事はない。だが、もし殺し損ねた時の事を考えれば、手帳を燃やした方が後々の面倒事を避ける事が出来る。邪魔だ、消えろ、お前の顔なんざ一秒たりとも見たくない」
燃えカスとなった手帳を一瞥し、パルス波の影響から脱したダモクレスは心底面白くないと云った表情を浮かべ、唾を吐く。
ダナンが燃やした手帳……それは無頼漢に属する者が持つ復讐台帳だった。己が受けた恥と罪、他者との貸し借り、裏切りや戒め等を事細かく記録する手帳は無頼を信ずる組織員にとっての記憶装置。
越えてはいけないラインを越えた者へ破滅的な暴力を以て恨みを晴らす無頼漢は、皆様々な形で復讐台帳或いは手帳を持ち歩き、執行対象を探しては報復を繰り返す。逆に復讐に関与しない者は他組織よりも比較的話が通じ易く、商店の用心棒や縄張りの警護に徹する者も多い。
手帳は記憶装置であり、復讐の証明書。ダモクレスの手帳が燃やされたということは、ダナンへの復讐要項が消え去った事と同義。戦う理由も、殺す理由も失ったダモクレスは興味が失せた様子でダナンを一瞥する。
「じゃぁなダナン。今度は二十人だ。二十人無頼漢の構成員を殺したら、俺がテメエを殺す。今度こそ、散りも残さず焼き払ってやる。覚悟しておけ」
「……さっさと消えろ、鉄屑が」
言われずとも。そう呟き、スラスターを吹かして瓦礫の山と化した廃ビル群を後にするダモクレスを見送ったダナンはその場に倒れ込み、瞼を閉じる。
老人を殺した人間を殺しても、まだ胸の内に燻ぶる火種は消えやしない。多分……いや、これはただの八つ当たりに過ぎないのだろう。子供の癇癪のような怒りと憎しみは赤錆を含んだ汚泥の如く、ダナンの心に張り付き剥がれない。
抗えぬ睡魔に身を委ね、薄い寝息を立て始めたダナンは燃え切らない殺意を抱いたまま、眠りに堕ちた。