遺跡には前時代の遺産が数多く眠っている。
下らないモノから生活に直結し、インフララインを支える重要なモノまで実に様々な遺産が遺跡発掘者によって発掘され、下層街の取引所にて高値で取引されていた。
汚染された水資源を浄化できる浄水ポッド、毒素を電力エネルギーに変換するナノマシンプログラム、遺跡発掘者が食料として常飲するゼリーパックの原材料……。遺跡から発掘された遺産は下層民の生活を支える収入源であると同時に、多くの命を奪う問題の根源でもあった。
生活を便利にする遺産が発掘されることは悪ではない。だが、そういったモノが発見されるのは極めて稀で、主に見つかる遺産は武器武装の
何故か遺跡の浅層から中層で見つかる遺産は争いで用いられる道具が多い傾向にあり、どれも半壊しているか破損しているモノが多い。かつて大きな戦いがあったのか、大規模な暴動があったのか定かではないが、風化した遺骨と壁に飛び散った血の痕跡からそのような想像に至るのは致し方ない。
現に、イブに連れられ電子ロックが強制解除された部屋を一望したダナンは思わず息を飲む。
「さぁ、どれでも好きな腕を選びなさい。此処で装備を整えて頂戴」
「……」
「どうしたの? 早くなさいな」
「早くと言われてもな」
どうしたと言うものか。ズラリと並んだ新品同様の機械腕を眺め、武器ラックに収められている銃火器とアーマーを手に取ったダナンは感嘆の息を漏らす。
「イブ」
「なぁに?」
「機械腕の接続設備……いや、接続機器はあるか?」
「無いわ」
「……」
「そう阿呆を見るような目をしないでよ。貴男の腕なら私が接合してあげるから」
「設備と機器類も無しにどうやって」
少女の背から伸びる銀翼がダナンの機械腕接合部に突き刺さり、神経と肉身が同時に弄くり回される激痛に苦悶の表情を浮かべた青年は黒鉄の機械腕を投げ渡す。
「あら、これは」
「そいつでいい」
「残念、これは無理よ」
「何故だ」
「だって、この機械腕は試作段階で放棄されたモノだもの。理由は確か……そう、接合段階で接続認証のエラーを吐き出すのよね」
「エラーだと?」
「ええ、機械部位と生体部位を神経接続することで機械義肢保有者はソレを思いの儘に動かせる。だけど、その神経反応を促すのは人間の脳。
脳から送られる電気信号が機械腕の反応プログラムを作動させ、疑似神経と人工血液を以て欠損した人体の延長線上の役割を与えるの。
この腕が吐くエラーは逆流性拒絶反応。まぁ簡単に言えば認証コードを持っていない人間がこの腕を使えば、脳が焼き焦がされるってことよ」
「……」
「で、どうするの? この腕を選ぶ? 私としてはもっと別の機械腕を選んだ方がいいと思うけど?」
イブの腕の中でだらりと手首を垂れ落とす機械腕を見つめたダナンは「それでいい」と話し、右肩を少女へ向ける。
「血迷ったのかしら? 説明した筈よね? この腕は認証コードが無ければ」
「ルミナの蟲がある」
「……」
「ルミナの蟲が焼かれる脳を修復し、その間にお前が機械腕の認証コードを書き換えろ。何だ? 講釈を垂れておいて無理だと言うのか?」
「……良い度胸じゃない。いいわ、腕を着けてあげる。精々壊れないようにしなさいよ? ダナン」
機械腕がダナンの肩部……人体と機械義肢を繋ぐ接合部に接続され、体内を巡る血液が機械腕を通して人工血液と混ざり合う。
「……何も起こらないな」
「そんな筈が無いんだけど……もう少し待っていなさい、機械腕のエラーチェックと生体反応を調べるから」
在り得ない。この腕が大人しく従う筈が無い。義肢情報を瞳に映し、下から上へ流れるログを瞬時に読み取ったイブは暫し考え込むようにして唇に指を当てる。
「どうした」
「……いいえ、何でもないわ。良かったわね、新しい腕が見つかって」
銀翼がダナンの背を叩き、少しだけよろめいたダナンは黒鉄の腕を見つめ、手指を曲げ伸ばすと機械腕にゴーグルのコネクトケーブルを繋ぎ、内蔵されている機能一覧を呼び出した。
小火器格納スロット、情報端末制御機構、超振動ブレード、機械腕拡張機能及び更新機構、正体不明のプログラムソフト……。ざっと見た情報だけでも下層街に出回る機械義肢が木っ端に見える機能性。
カァスに破壊され、千切られた機械腕も中々の高性能義肢だったが、それを上回る腕に満足したダナンは武器ラックに掛けられている銃器を両手で構え、使用感を確かめる。
「……」
「何を黙っている」
「何も、少し考え事をしていただけよ。ねぇダナン、貴男は昔」
此処に来たことがある? イブがその言葉を話そうとした瞬間、閉じられていた扉が歪な音を立てて開かれる。
「敵か? あぁ丁度いい、機械腕の試運転にもってこいだ」
「……」
「イブ、何を考えているんだ? 応戦するぞ」
「……えぇ、そうね」
赤いパトランプを回転させ、右腕部に電動鋸を、左腕部に鋼の爪を持つ箱形機械兵器は単眼カメラにダナンとイブを映すとキャタピラを回す。
自立駆動殺傷兵器『林道』。何を思って開発されたか、荒れ果てた大地で無人林業業務を行う林道は熱源反応を感知すると、見境なく己に搭載されている武装を振り回し、排除不可能と判断すると火炎放射器を放つ欠陥機能を兵器……否、作業用機械。
振り上げられ、地面に叩きつけられた電鋸を躱し、刀剣へレスを抜いたダナンは機械腕の自動照準機能を用い林道の単眼カメラへ銃弾を放つ。
単純な動作を繰り返し、時間が経つごとに火炎放射のリスクが上がる。ならば、炎が放たれる前に破壊する。こういった手合いには慣れている。何度も通って来た道だ。
カメラを破壊され、熱源感知と視界を失った林道の鋭い爪が青年の頭を掠めイブへ向かう。少女は短い溜息を吐くと六枚の銀翼を振るい、兵器の両腕部とキャタピラを破壊するとダナンへ目をやり胴体部の中心を指差した。
言われずとも分かっている。バランスを崩した林道を蹴り倒し、へレスを胴体……則ち動力部が存在する部位へ突き刺したダナンは爆発を引き起こすエネルギー系統も断ち切り、林道が完全に沈黙したと見るや厚い鉄板を剥がす。
「何をしてるの?」
「見て分からないのか? 使える部品を取り外すんだよ。遺跡と塔外の兵器に余す所は無い。見ろ、エネルギー系統はお釈迦にしたが、それ以外の場所は綺麗なものだろう?」
動力部周辺の部品を取り外し、基盤と小型半導体をイブへ投げて寄越したダナンは静かに笑う。
「……死体漁りとは感心しないわね」
「お前もおかしな事を言うな、機械は人じゃない。それに、下層街じゃ人殺しと臓器略奪は普通の事だ。それに比べれば俺がやっている事は健全そのものじゃないか」
「……とんだ地獄ね、其処は」
「……下層街から上に住んでいる連中と同じことを言うんだな、お前は」
「……」
「殺さなければ、殺される。奪わなければ、奪われる。下層街じゃ命の価値は不平等。見ものだな、お前が街の惨状を目にした時が」
そう言ったダナンは売却できるモノを仕分け、部屋の隅に詰まれていたリュックサックを背負った。