七月十六日月曜日。
七時にもぞもぞと起きて、私は眠気と戦いながら朝の準備をする。
カーテンを開けて外を見ると、青空と照りつける太陽の姿が目に入ったので私はそっとカーテンを閉めた。
スマホで天気予報を見ると今日も暑いらしい。
あー、今日からまた一週間が始める。
私は顔を洗おうと洗面台へと向かった。
株式会社スターライトメディアマーケティング。それが私の働く会社の名前だ。
映像ソフトや音楽CDの卸し業のほか、製造、販売等も行っている。
CDとかブルーレイって、メーカーさん、問屋、小売店、という形で商品が流れていくんだけど、私がいる会社はいわゆる問屋にあたる。
各メーカーから倉庫に商品が入荷して、そこから小売店へと発送をしていく。そのほか自社でネット通販もやっているんだけど、たぶん最大手の映像、音楽ソフトの卸し業になるはず。
最近じゃあCDも映像ソフトもあんまり売れなくなってきたけど、それでも日本ってCDとか売れている方なんだよね。
私はその会社の営業部のひとつに所属している。小売店との商談や受注が主な業務だ。
私はサスペンスドラマが大好きで、そういう映画も見るんだけどその流れでこの会社を知って面接を受けて今に至る。
さすがに商談は任せてもらえないので、資料の作成といった事務作業が中心だ。
小売店が、CDやDVDの情報を見る為のサイトがあるんだけどそこに載せる情報の作成などもやったりする。
話題になった映画やアニメだと、映像ソフトが売れるのよね。
だから小売店にデータをもとに営業かけて発注を多くしてもらえるよう働きかけることもある。
最近だとバスケのアニメ映画とか怪獣映画が売れたかな。
サブスクで先行配信していても、映像ソフトを買う人たちって意外と多いのよね。
月曜日の朝、どこか憂鬱さを抱えながら出社して、デスクに腰かけてパソコンを起動する。
そして社内メールのチェックや最新情報のチェックを行う。
「あー、今度はロボットアニメのソフトでるんだ」
これは十年以上前のテレビアニメの続編となる映画だ。
たしかこれもサブスクで先行配信するんじゃなかったっけ。
社外秘、情報解禁日まで絶対公開厳禁! とまで書かれた資料を見ながら、私は家から淹れてきた麦茶の入った水筒を手にする。
商談や資料の作成などがあるから、この手の未公開情報に触れる機会が多いのよね。
あー、これ、有料特典付けるお店あるんだ。最近多いなぁ。
有料特典というのは通常の商品の金額にプラスしてお金を払って、そのお店限定の特典をもらうものだ。
その特典は小売店ごとに違っているしデザインも違う。私はこういう商談には関わったことないから詳しく知らないけど、どうやって決めてるんだろう、これ……
これに二千円近くもだすのか……こういうのって締切早いから、早く予約しないと手に入らなくなるのよね。
この仕事するようになって知ったけど、早く予約しないと手に入らない特典とか限定版がある。
働くようになるまではCDもブルーレイも予約しなくても発売日に買えると思っていたし、しかも発売日前日に販売していいとかも知らなかった。
そんなことを思いながら、私は情報のチェックをしていった。
最近の映画の興行収入だとかアニメやドラマの視聴率の情報を見たり、最新作の資料の作成をして午前の業務が終わる。
時刻は十二時半を過ぎ、お昼の時間となる。
「灯里! お昼いこう」
千代がそう声をかけてきて、私は頷き立ち上がった。
「うん。私、今日はお弁当じゃないんだ」
「あれ、そうなの? じゃあ久しぶりに外食べに行く?」
「うーん、でも食べたいものないしなぁ」
「私も特にないけど、外行って決めようよ」
「そうねぇ」
そんな話をしつつ私たちは外に出る。
わかってはいたけど今日も暑い。
こういう日は冷たいものを食べたくなるよね。
「ねえ千代、冷たいものにしよう」
言いながら、私はうどん屋さんの方に足を向ける。
「そうね、暑いもんねー」
うどんやそばなら回転早いし、あんまり待つこともないだろう。
通りを歩いていると、提灯がぶら下がっていることに気が付く。
夏祭りがもうすぐだ。
調べたら今年の夏祭りは来月の頭、八月四日土曜日と五日日曜日にあるらしい。四日には花火が上がるから、駅周辺は激混み間違いなしだろう。
千代が上を見上げて言った。
「もうすぐ夏祭りかー。灯里は祭り行く?」
「それ毎年聞いてない? 私は行かないってー。人多いの苦手だし」
「あはは、そういえばそうだよねー」
でも今年はどうだろう、夏祭りに行くのはデートの定番よね。
湊君の顔が頭に浮かぶけど、彼も引きこもりみたいなこと言っていたから行く話にはならないかぁ。
「千代はどうなの? 花火好きよね」
私と違って、千代は人が多いのが好きだし花火も毎年行っているはずだ。
「そうそう、今年は有料観覧席当選したからそこで見る予定なんだー。あー、浴衣どうしようかなぁ」
そう言った千代はすごく嬉しそうだった。
有料観覧席かぁ……そういえば、市役所の展望室、抽選に当たればそこから見ることができるのよね、たしか。
そういうところからだったら私でも花火、見る気持ちになるかなぁ。
そんな事を思いつつ、私たちは通りを歩き店へと向かった。
駅が見える大通りにあるその店の前は、少しお昼の時間からずれているからか、そんなに並んでいなかった。
よかった。何組も並んでいたら心が折れるところだった。
「あ、思ったより空いてる。これならすぐ順番来るね」
「そうね」
千代の言葉に私は頷き、私たちは列の一番後ろにつく。すぐに列は短くなっていき、次に案内されるのは私たちになったとき。
私はふと辺りを見回す。
何だろう、大通りに出てからずっとついてきている人がいるような気がしたんだけど……気のせいかな。
誰かがこちらを見ているような……?
辺りを見ても会社員風の人たちが通り過ぎていくだけで、特におかしな感じの人は見当たらない。
気のせいだろうか。
この感覚、前もあった感じでなんか嫌だな……
居心地の悪さを感じながら私は寒くもないのにぶるり、と小さく震えた。
食事を終えて外に出ると、千代は大きく腕を上にあげて伸びをする。
「あー、おいしかった。暑い日は冷たいものがいいねー」
「うん、そうだね」
言いながら私はちらり、と後ろを見る。
誰もいない……いや、いるけど、普通の通行人の姿しか見えない。
どことなく不安を感じながら、私は千代と並んで立って、会社へと戻っていった。
午後の業務を終えて退勤となって外に出る。そして私はスマホを見た。
そうだ、湊君に全然メッセージ送ってないや。もちろんあちらからも何もない。
付き合ってる時ってなんか、くだらないことでもメッセージ送るものな気がするけど、何を送ったらいいだろう。
うーん、何にも思いつかない。
何してるの? って聞くのはなんか変だし。
次の予定は約束しちゃったから、これっていうものが思いつかなかった。
「どうしたの、灯里」
千代に声をかけられて、私は首を横に振って答えた。
「ううん、なんでもない。今日の夕飯どうしようかなって思っただけ」
「あー夕飯ねー。毎日考えるのって大変よね」
「そうそう、ひとりだと適当になっちゃうし」
言いながら私はスマホをパンツスーツのポケットにしまった。
結局湊君にメッセージを送ることはできず、家に着いてしまう。
今夜の夕飯はサラダとおにぎり冷凍の、唐揚げ、それにコンソメスープを作る。このコンソメスープは明日、カレーにして明後日はカレーうどんにしよう。
そして私はテレビを点けてサブスクでドラマを見ながら夕食を食べた。
付き合うって何するんだろうなぁ。
昔はこういうことしたい、とか妄想していたものだけど大人になって色んな目にあってきて、夢も希望を抱かなくなった気がする。
湊君と楽しい想い出作れるかな。湊君だけじゃなく、私も恋、できるだろうか。
今はお互い恋愛感情がないわけだけど、いつかときめいたりすることあるのかなぁ。
ちょっとドキドキしたりはしたか……でも友達っていう意識のほうが強いしな……
夕食を食べた後、片づけをして私はスマホで昔の写真を見返す。
私がスマホを持つようになったのは高校生の時だ。だからその頃の写真が残っている。
高校にスマホの持ち込みは制限されていたけれど、イベントの時は写真撮っていいから持ち込み許可出てたんだよね。
文化祭に球技大会、修学旅行の時の写真がでてくる。
皆で撮った写真もあるけど湊君とふたりで撮った写真もけっこうある。
湊君、今と高校の頃じゃあ印象違うなあ、やっぱり子供って感じ。
大学になるとまた印象が違う写真が出てくる。
髪の色が違うと雰囲気が変わるし急に大人びる気がする。
大学祭や何気なく撮った写真とか結構あるなあ。こうして見ると、私と湊君、仲良かったんだよね。
卒業してからすっかり疎遠になったけど、それは湊君だけじゃないしな……
写真をスクロールしながら、私は昔の事を思い出す。
これ、どこだろう。並んでアップの写真なんて撮ってる。これだけ見たら恋人同士みたいよね。付き合ったことはないんだけど。
まさか湊君と恋人ごっこみたいなことになるなんて、人生何があるかわかんない。
うーん、湊君に何送ったらいいだろう? 写真を見返したって何を送ればいいかわかるわけないよねぇ。
恋人ってどんなメッセージ送るだろう?
うーん……やめよう。悩んでも何もでてこないし、無理してメッセージ送るものでもないだろうし。
今まで付き合ったことは何回もあるけど、こんな風に悩んだことなんてなかった。そもそも相手からメールが来なかったことがないから常に受け身で、私は返信すればよかったから。
そう思って私はスマホをテーブルに置いて充電ケーブルをさす。
シャワー浴びてガラスペンで字の練習しよう。