第26話「よるをおもう」

「……つか、れた……」


 夜が明け、【あのものたち】が裏の世界へ帰還したことによって戦闘が終了した一同は誠一の家の仮眠室で仮眠をとっていた。

 二段ベッドの下の段で寝返りを打ち、颯真がぽつりと呟く。

 魂技を、それも自分をブーストする系の大技を連発した反動は大きかった。肉体に重篤なダメージを与えるものではないとはいえ、疲労感は半端ないしこれは翌日の筋肉痛も覚悟した方がいいか、などと考えてもう一度寝返りを打つ。


 眠らなければ、とは思うが戦闘の興奮で気分が昂ってしまい、目が冴えている。

 ここで眠らなければ数時間後に控える学校生活に支障が出る。しかし、このままでは眠れそうにない。


 目を閉じて再度寝返りを打ち、颯真は先程の【あのものたち】との戦いを、そして帰りの車内でのデブリーフィングを思い出した。

 車内で、誠一が巨大な【あのものたち】を倒した颯真たちに対して労いの言葉を掛けた後、さらりととんでもないことを言ってのけていた。


「アルテミスが今日の予測を外した、というのは考えにくいだろう。アルテミスは確かに『新入りたちで対処できる』と予測した。その予測通り、颯真君たちが撃退したからな」


 アルテミスは間違っていない。確かに、あの夜あので全て対処することができた。これが対処できない事態であれば予測の時点で「より強力な部隊を派遣しろ」と出しただろう。


 未来予測装置「アポロ」、そしてそれに付随する【あのものたち】予測装置「アルテミス」は優秀だ。アポロが予測する未来を公表するかしないかは政府によって恣意的に決められている。そのため、【あのものたち】の襲来については伏せられ、ただ【夜禁法】だけが施行された形となったが、【ナイトウォッチ】に入隊してからその辺りは説明され、颯真は改めてアポロの凄さを思い知ることとなった。


 アポロが予測を外すことはほぼあり得ない。それはアポロの演算を利用して予測を行っているアルテミスも同じだ。つまり、今回の予測は颯真や誠一があの巨大な【あのものたち】を倒すと予測したからあの結果を叩きだしたのだろう。


 そう考えるとアルテミスの予測の精度の高さに驚かされる。

 それは誠一も同じで、何度もアルテミスの予測に従って行動していたもののここまで予測してしまうのか、と考える。


 同時に沸き起こる危惧もある。

 確かに、アルテミスは「可能だ」と判断したからその予測を出したのだろうが、それでもその予測のうちに味方の犠牲は考慮されていない。「倒せる」と判断しても、その結末が味方の屍を築いたうえでの勝利だとしたら、それはあまりにも非人道的すぎる。


 そのため、【ナイトウォッチ】本部としてもアルテミスの予測パターンを味方の損害を可能な限り少なく、最大限の結果を算出するように調整するよう試みているが、それがどこまで効果を出すかは分からない。


 今回は颯真たち四人が極度の疲労に陥った程度で済んだが、誠一としては「もう誰も死なせたくない」という気持ちがあった。

 十七年前、目の前で竜一を喪ったことによる喪失感。あんな経験を誠一はもうしたくなかったし、同じ経験を颯真たちに味わわせたくなかった。


 目の前で大切な味方を喪うという経験は時として重篤なトラウマとなる。誠一が前線に立てなくなったように、他のメンバーがそうならないとは限らない。

 ちら、と誠一が颯真を見る。颯真はかなり疲労困憊の様子ではあったが、車内のスクリーンに映し出された様々な報告に目を通し、誠一の話一つ一つに相槌を打っている。


 颯真を喪いたくない。それは【ナイトウォッチ】の、そして世界の夜の今後に関わるかもしれない希望であるという思いが大きかったが、それ以上にかつて自分が守れなかった竜一の息子だから、という思いもあった。

 とはいえ、颯真を特別扱いする気もない。冬希はじめとする他の隊員たちも同じように等しく大切な仲間である。それに颯真の可能性に傾倒しすぎて他のメンバーをおろそかにすればそれこそいざという時に颯真を危険に晒すことになるだろう。


「っても、南の奴、マジですげえな」


 誠一の話を聞きながら、卓実がぽつりと呟く。

 一同の視線が卓実に向けられ、卓実は「だってよ」と言葉を続けた。


「一番最後に入ってきたぺーぺーにおいしいところ持ってかれたんだぜ? いや、これ嫌味とかじゃなくて純粋にすげえよな、って。マジで才能あるわ」


 そう言いながらも卓実は颯真に視線を投げ、ニィ、と笑う。


「でも俺も負けねーからな! だって今ここにいるメンバーの中で俺が一番妨害ジャマー向けの能力持ってんだぜ? 南もヤバいと思ったら俺に頼れよ? 一発で足止めしてやらぁ」

「そう言いながら、一体目の時は最初は手も足も出ていなかったがな」


 卓実の横で真がにやりと笑う。


「いやー、マジで体力使うんだって。ここぞという時じゃないと逆に足手まといになるからさ」

「実際、中川が体力を温存していたことで、神谷さんが二体目をスムーズに倒せたからな」


 卓実の、「もう少し連発できればなあ」という気持ちが混ざったその言葉をフォローするように冬希が言う。

 確かに、一体目の段階で卓実が【増幅Amplification】を使っていた場合、それによる疲労で二体目の対処が遅れ、誰かが重症を負っていた可能性がある。


 いくら【ナイトウォッチ】の戦闘服が防御力に秀でたものとしても、鋭い刺突には多少弱くなる。もしかすると誠一も怪我をしていた可能性すらあったのだ。

 勿論、【増幅Amplification】なし、たった一人で巨大な【あのものたち】を屠った実力を考えればそれは杞憂かもしれないが、空中にいるときの人間は自分めがけて放たれた攻撃を回避することは難しい。そう考えると、多少の被弾はあったかもしれない、とその場の誰もが思っていた。


 そう考えると卓実の判断は実に正しかった。適切なタイミングで【増幅Amplification】を使い、誠一をサポートした卓実はこのメンバーの中で誰よりも状況の把握に秀でた隊員なのだ。


 そんな卓実に、颯真も「僕もこれくらい状況が把握できれば」と考える。

 訓練の時から、颯真は同期として共に訓練する他の新人たちを観察していた。その上で、その誰もが何かしらの特技を持っていることに気が付いた。


 冬希なら冷静かつ正確な刀捌き、真なら腕力と体術、剛と柔を兼ね備えた心の強さ、そして卓実は一見お調子者に見えるが誰よりも的確に周囲の状況を把握し、それに応じた妨害によるサポート、など――。


 自分には何があるだろう、と颯真は考えた。

 「颯真には可能性がある」とはよく言われることだが、自分にはまだ冷静に状況を見極めることも、正確な攻撃を与えることも、ましては強い腕力があるわけでもない。


 それでも、自分にはまだ理解できていないが誰よりも強い力を秘めている、という漠然とした考えはあった。「可能性」という言葉に縛られず、明確に言語化できる力が自分にはあるはず、と考え、颯真は「少し自意識過剰かな」と苦笑した。

 いや、自意識過剰であってもいい。少しくらい自意識過剰であった方が自分の可能性を引き出しやすいだろう。それに一体目の【あのものたち】を、冬希と協力したとはいえ自分が倒したのは事実だ。それは誇ってもいい。


 実際に、誠一は颯真に「よくやった」と声を掛けた。「私が来るまで時間を稼げばよかったのに、倒してしまうとは流石だな」と。


 そんな誠一の言葉を噛み締めながら、颯真は新人たちの拠点でもある誠一の家に帰還し、シャワーを浴びて仮眠室に入った次第だった。

 仮眠室のベッドで、もう一度誠一の言葉を思い出す。


「……僕も、戦えたんだ」


 それは一つの自信。

 初めての戦いで生き残れた、足手まといにならなかっただけでも儲けものなのに、それどころか強敵まで倒してしまった。

 大丈夫、僕も【ナイトウォッチ】でやっていける、冬希さんの横に並んで戦える、そう考えながら寝返りを打っているうちに、颯真はいつしか眠りへと落ちていった。